2013-04-01から1ヶ月間の記事一覧

第四幕第一場(5)

【ノブタ】 この前『赤ハリ通信』で、俺は君の童話を読んだんだ。君の童話に感激した。そして山多君が言った(ハリネズミの葛藤)を思い出したのだ。俺は自分が傷つくのが怖くて、君に俺の気持ちを伝えられずにいた。それは君が先生の親友を愛していた事を知…

第四幕第一場(4)

舞台袖から美しく力強いテナーの声が高々と会場に響いた。 君に出会えて俺の人生は変わった。 ♫♫♫ オーケストラが美しい旋律を悠々と奏で始めた。その旋律はしばらく続いた。 観客はオーケストラだけの美しい響きを楽しんだ。 オーケストラの旋律が一段落す…

第四幕第一場(3)

ノブタが引っ込んだ舞台袖をじっと見ていた神杉静江が、客席の方へ振り返った。 同時にオーケストラが弦楽器のみで、単純で優しい和音を単調に三度響かせた。 そして神杉静江の朗唱(レチタチーヴォ)というセリフのような歌が、単調なオーケストラ伴奏で始…

第四幕第一場(2)

【ノブチン】ソプラノのアリア 私は先生に感謝しています。私に大きな二つの愛を与えて下さいました。勿論、それには無尽蔵な音楽の愛は含まれていません。だから先生は決して嫉妬なさらないで。 一つの愛は十年前に終わりました。でも先生と一緒に三人で語…

お詫び

第四幕は実は、それまでと書式を変えています。つまり、それまでの小説の様式から台本のような(厳密には台本ではないという意味で)様式になっています。これは私がこの小説(オペレッタ『赤ハリ先生の居酒屋』)の核心部に迫るように意図的に作為したもの…

第四幕 第一場(1)

第四幕 第一場『パーティーの会場で』 軽妙な音楽が流れてきた。第四幕への前奏曲だ。 緞帳が舞台の中央から左へ静かに開いた。舞台はまだ真っ暗なままだ。 オーボエとホルンがコミカルな旋律を掛け合い奏し始めた時、舞台に向かって右側に置かれたグランド…

第四幕 開演前

会場内に開園を知らせる鉄琴(ヴィブラフォン)による心地いい現代音楽が10秒程響いた。それに続いて落ち着いた女性の声で場内アナウンスがあった。 『ロビーにおられるお客様、間もなく第四幕が始まりますので、客席にお戻りください。』 会場は満員だっ…

第三幕第一場第七夜(14)

タメ池が赤ハリ先生に唐突に訊いた。 「赤ハリ、昔コマーシャル・ソングを作ったとうちに言ってたよねえ?その分の著作権料は入ってこなかったん?」 (この娘、右肩上がり医院のコマーシャルの事を言っているのかしら?) 私がそう思ってタメ池を見てから赤…

第三幕第一場第七夜(13)

ノブタの話を黙って聞いていた神杉さんが言った。 「先生クラシックでよろしいのではないですか。わたくしは音楽が流れていなくても、ヨーロッパのレストランみたいにお店の中が静かでいいと思いますのよ。時々店内がお客さんの合唱で盛り上がれば、楽しくな…

第三幕第一場第七夜(12)

「実はですね先生、無料の発表会でもプログラムにゲストの方の演奏があったでしょう。ゲストの方の演奏が著作権に該当しない曲ばかりでも、ゲストの方に謝礼を払えば発表会全体で著作権料は発生します。ですから去年の発表会では子どもが何人かと俺と権藤さ…

第三幕第一場第七夜(11)

そこへ弁護士ノブタがまた話に入ってきた。 「それが無難だと思いますよ、先生。著作権って結構複雑なんです。例えばただのBGMでも、入場無料で500人集まる場所では2時間1800円掛かり、それが入場料を2000円取ると著作権料は一気に9000円…

第三幕第一場第七夜(10)

神杉静江さんが赤ハリ先生に向かって言った。 「でも先生はよく演奏会をなさっていたでしょう。著作権料が大変ではございませんでした?」 赤ハリ先生は小皿を拭きながら言った。 「いいえ、私が弾く曲は新しくてもドビュッシーやラヴェルやラフマニノフまで…

第三幕第一場 第七夜(9)

「でも山多君の大学オーケストラはロマン派の交響曲の良くしてるじゃない。著作権は掛かららないのではないのではないの?」 ノブチンが外れかけた話題を軌道に戻しえくれた。 「はい、勿論ロマン派の曲には掛かりませんが、プログラムの半分は親しみのある…

第三幕第一場 第七夜(8)

結局その後、私達は深夜まで長々と歓談した。その中でもみんなで一番盛り上がったのは、赤ハリ先生が著作権協会の人がお店に来た話をした事だった。 「チョサクケンキョウカイ?」素っ頓狂な声をあげたのはタメ池だ。 それを説明したのは、赤ハリ先生ではな…

第三幕第一場 第七夜(7)

「それで今日は池野家にお邪魔して勉強を教えていたのです。」 「うしだって、ちゃんと真面目に勉強しているんですよ〜。」 「それで雑談から、今晩赤ハリプロジェクトのメンバーがお店に集まるみたいだって、響ちゃんに言ってしまったのです。」 「そう、う…

第三幕第一場 第七夜(6)

その時だった。カランとお店のドアが開くと、恐縮そうに男が顔を出し、ニヤけた笑顔でみんなに会釈をした。山多君すなわちオロチだった。 そのオロチに真っ先に声を掛けたのは、やはりタア子だった。 「オロチ、肩大丈夫なの?肩が痛いから今晩は来ない、っ…

第三幕第一場 第七夜(5)

「ところでノブタ、今日は何故来たん?」 言葉に窮したノブタに救いの手を伸ばしたのは、意外にも神杉静江さんだった。 「わたくしがお呼びしたのですよ。実は信田様はわたくしの夫の病院を担当して頂いているのです。病院というのはいろいろな訴訟問題が起…

第三幕第一場 第七夜(4)

そこへタア子が訊ねた。 「じゃあヤクザと呼ぶのは何故なの?」 「ヤクザねえ・・・」みんなが一様にヤクザ、ヤクザと言っていたその時だった。一人の男がお店に入ってきた。ノブタだった。彼はお店に入るなりみんなに、 「なんだか物騒な名前が連呼されてい…

第三幕第一場 第七夜(3)

タア子は「ふ〜ん、全然わからないや。で、赤ハリ はわかったの?」と訊いた。 「いえ、その時はどちらも全くわかりませんでした。でもすぐにインターネットで調べました。確定的ではありませんが面白い説がありました。みなさんで少し考えてみませんか?」 …

第三幕第一場 第七夜(2)

それからしばらくは、私とタア子、神杉さんとノブチンが談笑した。 私とタア子の話題は専ら赤ハリ先生が作曲したという『右肩上がり医院』のコマーシャルの曲についてだった。 神杉さんとノブチンの話題は当然、ノブチンが赤ハリ通信に載せた童話『黒いドブ…

第三幕第一場 第七夜(1)

第七夜『赤いはりねずみの賑やかなる夜』 翌週の金曜日、私達の隣には神杉静江さんが座っていた。彼女はノブチンのメールの童話『黒いドブねずみと赤いハリねずみ』を読んで感動して会いたくなったから来たのだと言った。という事は・・・そう、間もなくして…