第四幕第一場(2)
【ノブチン】ソプラノのアリア
私は先生に感謝しています。私に大きな二つの愛を与えて下さいました。勿論、それには無尽蔵な音楽の愛は含まれていません。だから先生は決して嫉妬なさらないで。
一つの愛は十年前に終わりました。でも先生と一緒に三人で語り合った幸福な日々は一生忘れる事はないでしょう。私には二度とキューピットは現れないと思っていました。事実、私は愛を忘れたカナリアでした。まさかこんなに近くにビーナスが来ていたとは気が付きませんでした。
先生、そんな私を幸せに導いてくださって本当にありがとうございました。
♫♫♫
ノブチンのその美しいアリアの歌声に会場は大きな拍手に包まれた。
ノブチンは客席に向かって深く礼をして舞台袖に引っ込んだ。
そこへ神杉静江が信田正と一緒に登場した。
音楽のテンポが変わった。軽妙で愉快な音楽になった。そしてアルトとテナーの二重唱が始まった。
【神杉静江】アルト
わたくし、お二人は絶対に結婚すると思っていましたのよ。そして今日の結婚式は絶対に素敵で盛り上がると。
【ノブタ】テナー
俺は夢にも信代さんが結婚するなんて思ってもみませんでした。
【神杉静江】
結婚とはわからないもの。恋愛とはわからないもの。絶対という言葉は愛には当てはまらないものなのね。
【ノブタ】
あなたが本当のビーナスではないのですか?
【神杉静江】
私は何もしていませんよ。
【ノブタ】
いえいえ、俺はわかっていましたよ。
【神杉静江】
いいえ、わたくしは何もして差し上げてはいませんわ。
【神杉・ノブタ】二重唱
それでもあなたが気になった。とてもあなたが気になった。きっとあなたが何かを考えている事を。
【ノブタ】
俺達の結婚を、あなたは本当に祝福できますか?
【神杉静江】
それは、彼女が本当に幸せになった時よ。さあ、彼女が待っているわ。行って差し上げなさい。
【ノブタ】
俺はあなたにもっと感謝の気持ちを伝えたい。
【神杉静江】
そんなのいいから、さあ彼女の所へ行きなさい。
【ノブタ】
ありがとうございます。本当に感謝です。
【神杉静江】
何しているの、さあ早く行きなさい。
【ノブタ】
本当にありがとうございます。
♫♫♫♫
軽妙な音楽が終わった。
ノブタが彼女を追いかけるように急いで舞台袖に引っ込もうとするが、舞台上で大袈裟に転んでしまう。(観客一同、爆笑に包まれる)
ノブタはお尻を痛そうに手で撫でながら舞台袖に引っ込んだ。