2012-08-01から1ヶ月間の記事一覧

アンナと兄フランツ(6)

「ああ、確かに私は彼と三度ほど会った。 一度目はおじさんがトリエステ視察を行った折に彼と会った。私もその時おじさんに同行していたのだ。お前がヴィヴァルディを尊敬していたのはわかっていたよ。奇しくも彼は、父が亡くなる一年前に私の前に現れたのだ…

アンナと兄フランツ(5)

(ライヴィッチとルナピンスキー) 兄の話を聞きながら、アンナはいつもの冷静なアンナに戻っていた。 「愚かなお兄さまのせいで、私は故郷を失ったわ。私には帰る所がなくなったのよ。」 「しかたがなかったのだ。それでも故郷の人々にとっては、ドイツ語を…

アンナと兄フランツ(4)

(ライヴィッチとルナピンスキー) フランツは続けて話した。 「その頃だった。おじさんが父に、私を娘婿にしたいと正式に申し入れた。もちろん父は反対だった。その時私は22歳になっていたので、自分の立場をよく理解しているつもりだった。だが父は私以…

アンナと兄フランツ(3)

(再びライヴィッチとルナピンスキー) 「アンヌ、私はどんな顔をしてお前に会ったらよかったのだろうか。とにかく、今は『許しておくれ』という言葉しか出てこない。そしてお前にはできるだけ真摯に、神に忠誠を誓って全てをお前に話そうと思う。」 アンナ…

アンナと兄フランツ(2)

(ライヴィッチとルナピンスキーだよ〜ん) アンナは大きな宮殿の一室で兄フランツを待っていた。壁には美しい絵画が所狭しと並んでいた。その多くは貴族の肖像画と風景画だった。その中にあまりに美しい一枚の絵画がアンナの目に入ってきた。『聖母子像』の…

アンナと兄フランツ

第5章 アンナと兄フランツ アンナとデンは馬車に乗り換えて、フィレンツェに向かった。 ストラディヴァリウスが亡くなった1737年、アンナにとって衝撃的な出来事があった。それは、兄フランツが結婚したのだ。その情報が入って以来、アンナは何度も手紙…

間奏曲(2)

二人の間で沈黙が続いた。アントニオの動かす櫂の音が波の音と混じり合って、奇妙な音楽を奏でている。(ああ、フルート協奏曲【夜】の冒頭部分の不気 味なリズムのようだわ。) アントニオが沈黙を破った。 「運命だな。お前さんがヴェネチアに来た時も、こ…

間奏曲(1)

「どうしたのだ、珍しくお前さんから連絡があったと思ったら、こんな時間に呼び出しておいて、しかもヴェネチアから脱出したいなんて言い出すとは!」 闇夜の中から響く声の持ち主はアントニオだった。 「ごめんなさい、私に何も訊かないで、私をヴェネチア…

アンナとヴィヴァルディ(7)

「その娘たちは、表向きには貴族の私生児であり、実はいろいろな使命をもってピエタに入ってきていたのですね。」 「ああそうだ、単純ではない世界の縮図のように、ピエタ孤児院の世界も複雑になってしまったのだ。例えばヴェネチア国家の根幹から揺るがすよ…

アンナとヴィヴァルディ(6)

(ルナピンスキーとニューファント) 「アントニオさんが行なっている事もヴェネチアへの忠誠心なのでしょうか?」 「そうだとも。世の中には必要悪もあるのだよ。」 「必要悪ですか?私には都合のいい言葉にしか聞こえません。」 「・・・・・・私たちは複…

アンナとヴィヴァルディ(5)

ヴィヴァルディは、両手でアンナの両肩を掴むと、はっきりした口調で言った。 「アンナ、ちっぱけな人間の人生なんて、大きな社会の情勢からみたら、その溜め息だけで吹き飛ばされてしまうものだよ。 ローマに教皇がいるだろう。その教皇の威を借りた貴族が…

アンナとヴィヴァルディ(4)

アンナは言った。 「なにも知らないキャラは、またアントニオさんと愛を深めているかもしれないのですよ。」 「音楽の表現で一番難しいのは愛だ。極上の音楽には愛が不可欠なのだよ。しかも誰でもいいのではないから厄介だ。アントニオはキアレッタの前では…

アンナとヴィヴァルディ(3)

「先生、私の尊敬するお姉さま、キャラの為にこれだけは教えてください。 アントニオさんの事は、彼の真実の正体も含めてよくご存じですよね?どうして彼の事をそこまで知っていながら、キャラにその真実を伝えなかったのですか?」 二人の間にしばらく沈黙…

アンナとヴィヴァルディ(2)

ヴィヴァルディが『合奏の娘たち』の前で辞任を発表した日の夕暮れ、アンナは彼の部屋を訪れた。 「先生、皆すごく残念がっていましたよ。キャラなんかずっと泣いていますわ。」 「ああ、キアレッタもそして君にも申し訳なかったな。だが二人にはもう教えて…

アンナとヴィヴァルディ(1)

ストラディヴァリウスが聴衆の中にいたピエタ演奏会の大成功から3年間は、ピエタ合奏団の全盛であった。コン・ミスのキアーラやアンナは圧倒的な人気と実力を誇り、パオラやアントネッラ、クララ等の管楽器奏者も過去になかったくらい充実していた。 ところ…

ピエタの演奏会(5)

【春】では鳥たちが歌い、小川に風が吹き、雷を伴った嵐が会場を轟かした。嵐の後は木の葉がざわめき、野辺ではニンフと羊飼いが踊った。ぐったりとした暑い【夏】、でも鳥たちは歌を忘れない。心地よい風は北風に変わり、雷と稲妻の中を蠅たちが狂い舞う。…