アンナと兄フランツ(2)


(ライヴィッチとルナピンスキーだよ〜ん)
 アンナは大きな宮殿の一室で兄フランツを待っていた。壁には美しい絵画が所狭しと並んでいた。その多くは貴族の肖像画と風景画だった。その中にあまりに美しい一枚の絵画がアンナの目に入ってきた。『聖母子像』のようだった。決して大きい絵ではないが、中心にいる慈悲深い表情をしている聖母マリアは圧倒的な存在感があった。聖書を片手に聖母は座っている。その聖母の片膝に天使のような子供が対峙している。左の子供の方が少し大きい。おそらく預言者ヨハネだろう。そして少し小さい右の子がイエス・キリストだ。
 アンナはその絵の魅力に吸い寄せられるように近寄った。二人の子が握手のように手を合わせていると思っていたが、二つの手の間には小鳥がいた。幼きヨハネが、両手で大切に小鳥を抱えていた。幼きキリストが右手を伸ばして、その小鳥の頭を撫でていた。
「これは・・・五色ヒワ。そうか、この絵は幼きキリストの将来の受難を暗示しているのだわ。・・・でも、それにしては・・・」
 アンナは静かに声を発した。その直後、自らさらに大きな声で持論を打ち消した。
「違う!これは受難ではない。聖母マリアの表情には不吉な将来の暗示などの欠片も見えないし、幼きキリストには既に神の威厳が感じられる。そして預言者ヨハネは、そのキリストに向かって笑って祝福している。そうだ、先生のフルート協奏曲【五色ヒワ】も、このような情景の音楽だったのだわ。だから五色ヒワは受難を暗示していると聞いても、私はなにか釈然としなかった。五色ヒワの額にある赤い斑点はキリストの血の象徴だとしたら、それは受難ではなく、その後の復活を暗示していたのだわ。だから先生の協奏曲【五色ヒワ】も、復活の祝福の音楽なのよ。先生はその曲をアントネッラの為に創った。だとしたらアントネッラは?・・・そうだったのだわ、彼女は・・・」
 そこへノックの音がしてドアが開いた。家臣らしき者が現れ、アンナに、
「フランツ・シュテファン様が参られました。」と言った。
 兄が顔を見せると、その家臣に下がるように手で合図した。
 アンナは(随分と偉くなられて!)と嫌味でも言ってやろうかと思ったが、大好きだった兄を前にしたら感無量の感情の方が勝った。アンナは兄の顔を見ると自然に涙が頬をつたった。