間奏曲(2)


 二人の間で沈黙が続いた。アントニオの動かす櫂の音が波の音と混じり合って、奇妙な音楽を奏でている。(ああ、フルート協奏曲【夜】の冒頭部分の不気 味なリズムのようだわ。)
 アントニオが沈黙を破った。
「運命だな。お前さんがヴェネチアに来た時も、こうして出ていく時もわしのゴンドラなんだなあ。もし帰ってくる時は絶対にわしに声をかけろよ。いつでもこのゴンドラで連れて帰ってやらあ。」
 アントニオはそう言ったものの、アンナが帰ってくる事はないと感じていた。
「アントニオさん、キャラお姉さまを幸せにしてあげてくださいね。」
「ああ、わかってらあ、当たり前だ。」
「それから、ピーノには私の事はなにも言わないでください。」
アンナはそう言うと、アントニオは、
「ああ、あいつはずっとお前さんに会っていないと言ってたなあ。お前さんがいなくなったと知ったらきっと悲しむだろう。」
そう言って、櫂をこぎ続けた。
「しかたがないですわ。私はキャラのようになりたくなかったの。」
「ああ、そうだろうと思っていたよ。これ以上はなにも訊かないでおこう。それはキャラの為にも、わしの為にもな。」
「アントニオさん、キャラはなにも知らないよ。言える訳ないじゃない。」
「そおかあ、それはお前さんにお礼を言うべきなのかな?
 なあアンナ、一つだけ訊いておきたい。お前さん、ヴェネチアに来て幸せだったかい?」
「ええ、もちろんよ。」
「ならよかった・・・本当によかった。だが、けっして無理をするなよ。」
「それは私の身体への心配ですか?それとも私の無鉄砲な行動への心配ですか?」
「ははは、相変わらずだなあ。どちらも、と言いたいところだが後の方だ。」
「わかりました。肝に銘じておきますわ。」
 アンナはアントニオと固く握手をして、両頬を接吻して別れた。
(次回は第5章『アンナとフランツ』です。)