ピエタの演奏会(5)


 【春】では鳥たちが歌い、小川に風が吹き、雷を伴った嵐が会場を轟かした。嵐の後は木の葉がざわめき、野辺ではニンフと羊飼いが踊った。ぐったりとした暑い【夏】、でも鳥たちは歌を忘れない。心地よい風は北風に変わり、雷と稲妻の中を蠅たちが狂い舞う。嵐の後、実りあるものは全てだいなしになる。豊かな収穫の【秋】、農夫たちは酒の神バッカスと共に踊り狂う。宴の後は静かに休み、そしていよいよ狩人たちが犬を連れて獲物を追いかける。【冬】氷のような木枯らしの中を凍った足で踏みしめながら歩く。一方では温かい暖炉の部屋の中の情景が現れる。しかし窓の外は冷たい雨だ。再び氷の上を滑り転倒しながら歩き続ける。南風が鳴っている。北風と東風がもつれあっていた。
 ヴィヴァルディの音響の魔術師のような劇的なヴァイオリン独奏、それを一糸乱れずに効果的に演出した合奏団。【四季】全曲の演奏はまさに圧巻だった。熱狂した聴衆の拍手はいつまでも鳴りやまなかった。その山鳴りのような拍手と歓声は、ヴィヴァルディや団員たちが引き揚げた後もしばらく続いた。
 演奏会後、『合奏の娘たち』は楽屋がわりになっている練習部屋に集まっていた。皆が一様に演奏会後の余韻で興奮していた。娘たちは高揚した笑顔で満ち溢れていた。
 そこへ老マエストロがやってきた。彼はピエタ合奏団の娘たち一人一人と握手をして彼女たちの演奏を称賛した。
「マエストロ・ストラディヴァリウス、さようなら。お元気で!」
 彼女たちのお別れの挨拶に、老マエストロは満面の笑みで答えた。
 馬車へ乗り込む際には、老マエストロはヴィヴァルディと固く抱擁した。二人に言葉はいらなかった。娘たちのすすり泣く声が、馬車が見えなくなってもしばらく続いた。いつの間にかデンも現れていた。いつまでも遠吠えしながら老マエストロを見送っていた。

 ストラディヴァリウス死去の知らせが届いたのは、その2年後、1737年だった。享年94歳という長い人生であった。