ピエタの演奏会(4)


 そこへヴァイオリンを持ったヴィヴァルディが登場した。拍手はさらに大きくなった。【和声と創意の試み】からヴァイオリン協奏曲【春】【夏】【秋】【冬】が始まろうとしている。ヴィヴァルディがヴァイオリン独奏者兼コンサート・マスターとして弓を大きく構えた。団員全員も反応よく一斉に弓を構えた。アンナはこの瞬間をずっと待ち焦がれていたのだった。
 コンサート・マスター、通称コン・マスは合奏のリーダー役として団員を統率して音楽を創り上げる。つまり音楽的に指揮者のような役目をする。だがヴィヴァルディが創作した曲は難しかったので独奏者がコン・マスを兼ねていても、事実上のコン・マスが必要になってくる。今回の演奏会は、それをアンナが担当していた。ちなみにアンナは女性だからコンサート・ミストレス、通称コン・ミスという。
 協奏曲でのコン・ミスの役割は大変だ。コン・ミスが独奏者の音楽に合わせ過ぎると、合奏がバラバラになってしまう。コン・ミスが合奏をしっかりとまとめ過ぎると、独奏者はそれに合わせた凡庸になってしまう。独奏者の個性的な音楽を発揮させながら、合奏もまとめていけるのが上手なコン・ミスなのだ。もちろんアンナはキアーラと共に、上手なコン・ミスとしてピエタ合奏団を音楽的にけん引していた。しかし、それは同じピエタ合奏団の仲間が独奏をしていた分、音楽的には合わせやすかったのだ独奏者が仲間であれば、その独奏者は遠慮しながら合奏に自分の音楽を合わせてしまう。キアーラだってアンナだって無意識ながらそうなっていた。彼女たちは合奏を尊重しながら、その中で自分の音楽を表現しようとした。その意味で、彼女たちはピエタ合奏団においては最高のコン・ミスであり独奏者だったのだ。
 ところが今日の演奏は違った。なんと言っても独奏者が作曲した曲だ。『自分が表現したかった音楽は、音符にはできない。だから楽譜通りに弾いても音楽にはならないぞ。』と、言わんばかりに作曲家は自由自在に演奏した。さらにヴァイオリンの技術も卓越しているものだから尚更性質が悪い。しかもヴィヴァルディはコン・マスという実権も握っているのだ。事実上のコン・ミスであったアンナは細心の注意と集中力でピエタ合奏団をまとめた。隣でキアーラが弾いてくれる事がどんなに心強かっただろうか。
 ヴィヴァルディは、その最強の布陣を従えて、ピエタの会場の空間を、壮大なる音による劇場に変えてしまった。