アンナとヴィヴァルディ(7)


「その娘たちは、表向きには貴族の私生児であり、実はいろいろな使命をもってピエタに入ってきていたのですね。」
「ああそうだ、単純ではない世界の縮図のように、ピエタ孤児院の世界も複雑になってしまったのだ。例えばヴェネチア国家の根幹から揺るがすような情報を、このピエタから探ろうとする娘までいる。そんな娘が楽器を持ってにこやかに笑って演奏しているのだよ。音楽と孤児たちの聖地、ピエタがいつのまにか国家の謀略に曝されてしまったのだ。私の作品までもが、彼女たちに汚されてしまったのだよ。」
「そんな事はありません。先生の音楽は永遠に残る素晴らしい作品ですわ。
 音楽は教会のものでも貴族のものでもありません。一人の作曲家のメッセージを、演奏家を通して多くの人たちの心の中に届けられるものだと思っています。
 ピエタの演奏会には多くの人々が来てくれます。その中にはヴェネチア国内だけではなく、フランスやオランダ、スペインなどの人々や、オーストリア帝国の人々もいます。またトルコの人まで私たちの音楽に耳を傾けてくれますし、もちろんイタリアの他国の人たちまでが私たちの演奏を喜んで聴いてくれます。音楽とはそんなものなのではないでしょうか?そしてそのような環境にいた私は本当に幸せでした。
 100年、200年いやもっと先の未来に、先生の音楽を聴いた人たちが、先生のヴァイオリンの素晴らしい技術に思いを馳せる日がくると信じています。」
「だからこそ、君はここに残らなければいけないのではないのかな。君こそ歴史に刻まれる名演奏家ではないか。」
「いいえ、私は大きな世界の溜め息で吹き飛ばされてしまう程度の人間ですわ。」
「アンナ・マリーア、いやアンヌ・シャルロッテ。ここヴェネチアでなくてもいい。この世界のどこでもいいから、また君と出会える事を祈っているよ。また会おう。」
「はいっ、先生。いつでも私は先生の中におりますわ。」
「ありがとう・・・本当にありがとう。」
 アンナとヴィヴァルディは強く抱擁した。

 2年後の夏、ピエタに訃報が届いた。
 それはヴィヴァルディがウィーンにて客死した、というものだった。享年63歳だった。
 アンナはピエタを去る覚悟を決めた。