アンナと兄フランツ(5)


(ライヴィッチとルナピンスキー)
 兄の話を聞きながら、アンナはいつもの冷静なアンナに戻っていた。
「愚かなお兄さまのせいで、私は故郷を失ったわ。私には帰る所がなくなったのよ。」
「しかたがなかったのだ。それでも故郷の人々にとっては、ドイツ語を話す国にならなくてよかったのだ。お前は私の妹として犠牲になった。それで故郷の人々を守ったのだよ。どうかそう理解して欲しい。」
「では、先生はどうして亡くなったの?フランツ兄さんはヴィヴァルディ先生に何度かあったのでしょう?先生の客死って、もしかしてお兄さまが殺したのではないの?」
「私は彼とはなんの関係もない間柄だ。ましてや私のような身分の者が、音楽家の彼と簡単に会う機会などもたない。」
「それは違うわ。先生はある秘密結社にいたの。そしてお兄さま、あなたも同じ秘密結社に入っている事を私は前から知っているのよ。これで何の関係もない、なんて言わせないわ。神に誓ったのでしょう、私になんでも話するって。」
 フランツは、すっかり成長していたアンナに驚愕した。利発な妹ではあった。そんな妹をフランツは大好きだった。アンナとは音楽の話だけでなく文学や美術、鉱物から天文からいろいろな話をした。宗教や思想の話もしたかもしれない。それから秘密結社の話も。
 フランツは幸せだったあの頃を思い出していた。
(アンヌ、私はもうあの頃の私ではないのだよ)
 フランツは重たい口を開いた。