アンナと兄フランツ(6)


「ああ、確かに私は彼と三度ほど会った。
 一度目はおじさんがトリエステ視察を行った折に彼と会った。私もその時おじさんに同行していたのだ。お前がヴィヴァルディを尊敬していたのはわかっていたよ。奇しくも彼は、父が亡くなる一年前に私の前に現れたのだ。おじさんは彼の対応を私に任せてくれた。彼はおじさんにヴァイオリン協奏曲集【ラ・チェトラ】を献呈した。そして彼は、オペラも創っているから機会があれば是非とも聴いて欲しい、と私に訴えたのだ。彼は、権力とは無縁の孤児院で合奏団を率いている、とも私に言った。その時は、私は彼にいつか機会があればウィーンで会いましょう、とだけ社交辞令として言った。
 その一年後に父が亡くなった。しかもお前は私に、父が殺されたと言うし、実際にお前の記憶力なら、馬車にあった紋章からおじさんの存在まで辿ってしまうだろうと危惧したのだ。
 私はともかく、お前の身が絶対に安全でしかも幸福になれる場所を考えた。それで思いついた所が、お前が尊敬していたヴィヴァルディのいるヴェネチアだった。
 私から妹を引き受けてくれという依頼を受けた彼は、すぐにでも私とウィーンで会うという約束を条件に快諾したのだ。