アンナと兄フランツ(7)


「だから二度目に彼と会ったのはウィーンだ。彼は若い女性を連れてきていた。確かアンナ・ジローという名前だった。彼女は私に美しい声を聴かせてくれた。彼の歌劇の中から三曲ばかり歌ってくれた。そしてヴィヴァルディはウィーンの宮廷楽長のポストを私に懇願してきたのだ。それから彼はヴァイオリンの製作設計図を私に見せて、このヴァイオリンをオーストリアで広めていきたいとも言った。だが私は彼の願い出の全てを断った。なぜなら私はそのような人事権などないに等しかったからだ。だから落胆していた彼に、私は助言してやったのだ。
 『ウィーンは、かつてない程に他国の脅威に曝されている。西からはトルコ、北からはロシア、そして東からはプロイセンやフランスなどだ。ウィーンは、音楽を娯楽として興じてばかりではいられなくなるだろう。もうイタリアの音楽は結構だ、という空気がある。あなたが本気でウィーンの宮廷音楽家になりたいのであれば、もう少しオーストリア人が心から楽しむ事ができる歌劇を創作するべきだ。』とね。
 それからの彼は精力的に歌劇を創作し、さまざまな所で上演を重ねたはずだ。
 私は私で、婚約に向けて大変な時間を過ごしていた。それに関してはおじさんも大変な苦慮を強いられてきた。その結果、なんとか婚約から結婚までこぎつけられたのだ。私が故郷の国を手放す事で、全ての問題が解決するものだと信じていた。だが今度は別の問題が生じてしまった。ウィーン継承戦争が勃発してしまったのだ。これは女性の相続権を認めたオーストリアの勅令に対して、プロイセンなどの領邦君主たちが異議を唱え戦争に発展したものだ。しかも運悪くその頃におじさんが亡くなったのだ。私はその対応で、身も心も憔悴しきっていた。
 そこへ再び彼が現れたのだ。それが私とヴィヴァルディの三度目の対面だった。彼は以前のような紳士ではなかった。彼は私を半ば脅しにかかってきたのだ。」
 フランツはその時のヴィヴァルディを思い出していた。もちろん辛い思い出だった。