第四幕第一場(3)

 ノブタが引っ込んだ舞台袖をじっと見ていた神杉静江が、客席の方へ振り返った。
 同時にオーケストラが弦楽器のみで、単純で優しい和音を単調に三度響かせた。
 そして神杉静江の朗唱(レチタチーヴォ)というセリフのような歌が、単調なオーケストラ伴奏で始まった。
【神杉静江】
 わたくしは、あのお二人が本当に幸せになる事を願っておりました。だって素敵なお二人ですから。お二人はそれぞれの人生を一生懸命に生きてこられました。わたくしは、お会いする度に、本当にお似合いだと感じていたのです。
♫♫♫
 単調なオーケストラの響きが美しい旋律に変わった。アリアの前奏だった。
 それを目をつぶって聴いていた神杉静江は、目を開くと低く美しいアルトの声で歌った。
【神杉静江】
 それは童話「黒いドブねずみと赤いハリねずみ」を赤ハリ通信で読んだ時でした。信代さんは本当に心が優しくて純粋な方だとわかったのです。
 一方、信田さんはお仕事一筋で本当に真面目なお方。ご自分の事を俺と言われるのも彼の独特な表現ですの。だってわたくしは、信田さんがお仕事ではご自分の事を私と言われているのを知っています。プライベートで俺と言われるのは、彼が真面目でシャイだから。彼はいろいろな事を考えていらっしゃる。例えどうでもいい事でも彼は一生懸命考える。(会場から苦笑が)それこそが彼が真面目である証拠。だからわたくしが一肌脱ぎました。
♫♫♫
曲調が急に速く楽しくなる。
♫♫♫
【神杉静江】
 だって彼女の名前と彼の名字がいいではございませんか。
 信代信田・信代信田・信代信田・信代信田・・・・
(音程が二度上がる)
 信代信田・信代信田・信代信田・信代信田・・・・
(音程が更に二度上がる)
 信代信田・信代信田・信代信田・信代信田・・・・
お〜・し〜・あ〜・わ〜・せ〜・に〜
♫♫♫
 ジャンとオーケストラが一撃のような大音量の一音で終わる。
 会場は拍手に包まれた。神杉静江は優雅な所作で何度も深々とお辞儀した。
 神杉静江がゆっくりと舞台袖に引っ込んだ。