第四幕第一場(4)

 舞台袖から美しく力強いテナーの声が高々と会場に響いた。
  君に出会えて俺の人生は変わった。
♫♫♫
 オーケストラが美しい旋律を悠々と奏で始めた。その旋律はしばらく続いた。
 観客はオーケストラだけの美しい響きを楽しんだ。
 オーケストラの旋律が一段落するような雰囲気の中で、テナーの声の持ち主が登場した。
【ノブタ】
 君は俺にとってミューズの女神だった。
 俺が忙しくてピアノの練習ができなくても、先生のピアノ教室を止める事なく通えたのは、君がいたからなんだ。
 君はとてもピアノが上手なので、俺の腕では君に全く敵わなかった。だから俺はクラシックを勉強したのさ。君は指の技術を、俺は頭すなわち知識を、俺にしか出来ない事の全てを君に捧げたかったのだ。
 君がベートーヴェンを弾けばベートーヴェンの話を。君がモーツァルトを弾けばモーツァルトの話を。君がブラームスを弾けばブラームスの話を。そんな話をする度に、君の心は俺から離れていった。
(会場爆笑)
 君がスクリャービンを弾いた時、俺がスクリャービンの話をした時は最悪だった。君は心だけでなく、君自身が俺から距離を置いてしまった。(会場大爆笑)
 それでも俺は構わなかった。先生のピアノ教室で、少しでも君の息遣いをかんじられたら、君のピアノのタッチを感じられたら、君の音楽を感じられたらそれだけでよかったのだ。
(曲が転調しテンポが速くなる)