第三幕第一場第七夜(10)

 神杉静江さんが赤ハリ先生に向かって言った。
「でも先生はよく演奏会をなさっていたでしょう。著作権料が大変ではございませんでした?」
 赤ハリ先生は小皿を拭きながら言った。
「いいえ、私が弾く曲は新しくてもドビュッシーラヴェルラフマニノフまでの作品です。著作権料は掛かりません。でも実は私は現代音楽も大好きなのです。日本人の現代曲もいい曲がたくさんありますよ。ですから積極的に現代曲を弾きたかったのですがね。」
 しばらく沈黙があって、タア子が訊いた。
「弾きたかったのですがって、どうして弾かなかったのよ。」
(だから・・・)私が言ってやろうとしたその時、タメ池が言った。
「だから著作権が掛かるから現代曲は弾かなかったって言ってるじゃない。」
「えっ、そう言ってた?」タア子は私の方を見て訊くので、私は首だけで肯いてやった。
 赤ハリ先生はおしぼりを洗いながら言った。
「私は著作権に関しては矛盾を感じています。勿論、山多君の大学オケに使うような、誰もが知っている曲を演奏するのなら著作権料を払うべきだと思います。でも有名ではない小難しい現代曲を、しかもお客さんからも敬遠されそうな現代音楽を著作権料を払ってまで演奏する演奏家ってそんなにいないでしょう。演奏される機会がなければ、たとえいい曲でも周知されないって事でしょう。現代音楽、特にクラシックの現代曲を普及させるのに著作権の設定が足枷になっているのではないかとね。」
「んで、その著作権協会の人がなんで赤ハリの店に来たの?」とタア子が訊いた。
(あっ、それは覚えていたんだ・・・)
「私がお店に流しているCDが著作権の対象になるのだそうです。それまでジャズを流していたのですが、それらの曲のほとんどが著作権の対象だそうです。」
「え〜、BGMでも著作権料取るの?」タメ池がまた素っ頓狂な声を上げた。
 それを赤ハリ先生は真面目に、
「ええ、BGMだろうがお店の利益に関係しているのでダメなんだそうです。」
と答えた。すると私が言おうとした事をタア子が言った。
「営利があるような店じゃあないのにね。なら有線だったら勝手に音楽を垂れ流す訳だから、その都度いちいち著作権料を払わなければいけない訳?」
「いいえ。有線は契約時に有線側から著作権料が支払われているそうです。」
「でもBGMで流した曲をいちいちチェックして払わなければならない訳?その著作権協会って有線とグルになってるんじゃないの?」
「それはわかりませんが、私にはこう薦められました。あらかじめまとまったお金を払えば細かい曲の申告は必要ないそうです。」
「お金って、いくら払うのよ?」
「その人曰く。1000円と消費税で5分以内の曲が15曲位だそうです。」
「え〜、15曲で1000円も取るの?ぼったくりじゃない。しかも何の曲か言わなくてもいいのでしょう。つまりそのお金は作曲家には払われないって事じゃない。んで赤ハリはどうするのよ?」
「勿論、著作権に該当する曲は使用しませんって言いました。」
(それで今日はクラシックが流れているのだわ。タア子は気付いてないだろうけど)