第三幕第一場 第七夜(1)

  第七夜『赤いはりねずみの賑やかなる夜』
 翌週の金曜日、私達の隣には神杉静江さんが座っていた。彼女はノブチンのメールの童話『黒いドブねずみと赤いハリねずみ』を読んで感動して会いたくなったから来たのだと言った。という事は・・・そう、間もなくしてノブチンが入ってきた。という事はこの後にはもしかして・・・いや彼は来なかった。
 神杉さんやノブチンが来たからなのか、店内の音楽が珍しくクラシックになっていた。流れるような美しいドビュッシーのピアノの調べが続いた。
 オロチが来なかった理由はタア子が知っていた。タア子は、オロチが大学のサークルの親善野球大会で肩を痛めたのだとみんなに告げた。
 すると神杉さんが言った。
「あら、それなら主人のやっている整形外科病院に来るようにおっしゃって。山多さん、まだ学生さんだから主人に安く治療をするように言っておくわ。主人の病院は『右肩上がり医院』と申しますのよ。」
 これにはみんなが驚いた。だって『右肩上がり医院』の名前を知らない人はいないのではないだろうか。その理由は二つあった。一つは医院長が名医でテレビにもよく出ていたのだ。もう一つはテレビで流れている病院のコマーシャルがとても印象に残る音楽で、耳にしたら忘れないような軽妙でお洒落なピアノの音楽だった。
「先生も以前四十肩になられた時に、うちの病院に来られたのよ。当然主人はお代はいらないって言ったらしいのだけど、先生はそれでは申し訳ないって、それで・・・」
「それであのコマーシャルの曲を!」
みんなが同時に叫んでカウンターの中でコップを洗っている赤ハリ先生を見た。
 赤ハリ先生は満面の笑みでみんなに答えた。