第三幕第一場 第七夜(2)

 それからしばらくは、私とタア子、神杉さんとノブチンが談笑した。
 私とタア子の話題は専ら赤ハリ先生が作曲したという『右肩上がり医院』のコマーシャルの曲についてだった。
 神杉さんとノブチンの話題は当然、ノブチンが赤ハリ通信に載せた童話『黒いドブねずみと赤いハリねずみ』だった。
 しばらくしてタア子が、思い出したように突然カウンターに3400円を置いて言った。
「そうそう私、例の漬物屋に行ってきてやったわよ。赤いはりねずみの集金に来ました、と言ったら向こうはびっくりしていたわ。3400円もしっかり貰ってきました。そして帰り際、その男にハッキリと言っておきましたからね。
 『あんたみたいに親の跡継ぎやっている奴と赤いは りねずみのマスターとは生き方の本質が違うんだか らね。今後、偉そうなマネをしたら私が許さないか らね!』って。」
 するとノブチンが拍手をした。それにつられて私も神杉さんも拍手した。正直、私はタア子を見直した、というか本当に大好きになった。
 ピアノの演奏ではこんなに拍手を貰えないタア子は照れて話をはぐらかした。
「ねえねえ、それでさあ赤ハリ、今週は面白い客はいなかった?」
 カウンターに置かれた3400円を大事そうに手に取りながら赤ハリ先生はタア子に軽く会釈して話し始めた。
「そうですねえ、今週はそんなに印象的なお客さんはいませんでしたが、私との会話から楽しい問題を二題提供されて帰られたお客さんがいましたよ。
 一つは私の飼っている犬の話題から『何故犬の事をポチって言うのですかねえ?』とその初老の紳士的なお客さんが私に訊ねられたのです。
 もう一つは、お店のみかじめ料の話題からヤクザの話になって『何故ヤクザと呼ぶのでしょうかねえ?』と言い残して帰られました。」