朝 の 始 ま り (1)

 病院の朝はラジオ体操から始まる。もっとも俺は夜ほとんど眠れないので朝の

始まりは院内に響く起床の放送「みなさん、おはようございます。」という清々し

くない男のダミ声から始まる。5時50分だったが年寄りが多いせいか、その時間

にはほとんどみんな起きていた。デブなんか5時には室内の小さな洗面台でバシャ

バシャと嫌みなくらい大きな音を立てて顔を洗い始めていた。ブチは院内でもとび

きり若かったが、彼は起床前には部屋から出て行き戻ってこない。廊下ではトイレ

へ行く音や部屋の開け閉めする音、お喋りしながら廊下を散歩する足速な音などが

院内中ざわざわと響き渡っていた。どうやら起床時間前の遠慮という言葉がこの病

院内にはないらしい。もちろん徹夜のような一夜を過ごした俺にはその方が好都合

だった。6時20分、再度愛嬌の欠片もない放送が響く。相変わらず音声が悪く、

何を言っているのか聞き取るにとても苦心したが、そんな音声は鮮明に聞こえなく

ても、時間と慣習で何と言っているのかすぐにわかるようになるのだろう。一般日

常の生活でも人の言うことを聞かない年寄りたちだ。これくらい劣悪な音響でもな

んの差し障りもない。耳を凝らして聞こうとしている俺も、明日には慣れて馬耳東

風だ。こうして人の言うことを聞かない年寄りになっていくのだろう。院内放送は

今からラジオ体操が始まるのでデイ・ルームへ集まれという内容だったようだ。デ

ブが俺にお知えてくれたのでわかった。

 

   *これはフィクションです