T.N.というピアニスト(6)

秋吉台芸術村での徳冨信恵リサイタル』で大切な事を記すのを忘れていた。その時のプログラムは、
モーツァルトピアノソナタベートーヴェンピアノソナタ「月光」、リスト「死の舞踏」
フランクの「前奏曲、コラールとフーガ」それにヴァイオリンソナタだ。これだけでも立派なプログラムだったなあと思う。
 それからもう一つ。僕は記憶力が悪いと書いた昨日、お店にあるヴァイオリンの方が来られたので思い出した。去年の12月、その方と一緒に徳冨信恵さんの発表会にゲスト出演したのだった。
 さて、話を戻そう。2月のある日だった。突然徳冨さんから電話があった。
「山田先生久しぶりです。私今度オーケストラと一緒にピアノ協奏曲を弾く事になったんです。何かいい曲を知りませんか?」というような内容だった。
 いいピアノ協奏曲は世の中にたくさんあるし、もちろんその多くを知っている。そんな漠然とした質問に懇切丁寧に話せる奴は詐欺師しかいないだろう。
 いいピアノ協奏曲はたくさんあっても、それをピアニストが弾けるかどうかが肝心だ。さらにピアノ協奏曲ならそれをオーケストラができるかどうかも関係してくる。しかもオーケストラについてはもっと複雑な問題がある。ピアノ協奏曲のオーケストラは必要ない楽器も結構ある。特に金管楽器なんかがそうだ。モーツァルトの協奏曲のほとんどがクラリネットはいらない。また打楽器なんかはティンパニだけでいい場合と、トライアングルや鞭なんて面白い音まで必要な曲もある。打楽器奏者は何人いるのだろう?それにピアノ協奏曲というが、そのほとんどは全3楽章だが演奏時間が全く違う。15分位の短い曲もあれば40分以上の長い曲もある。
 僕は「選曲は誰がするの?」と、彼女に訊いた。
 徳冨さんは「一応私がしたい曲でいいそうなので、
  何かいい曲を知りませんか?」と訊き返した。
 僕「・・・・」(それだけでは判断できんぞ・・)
 自慢ではないが(いや自慢かな)僕は有名な曲であればCDをけっこう持っている。それにスコア(総譜と呼ばれる指揮者が見るような、全部の楽器が載っている楽譜)もけっこう持っている。
 それを電話の向うの彼女に伝えると、
「山田先生って、凄いですね。何でもあるんですね」と言う。(だから貴女は僕に相談を・)と思いつつ
「何でもは無い。ある物はあるし無いものは無い!」結局僕は、それらのスコアやCDを持ってお店に行った。モーツァルトシューマングリーグ、リストなどを持っていった記憶がある。
 いつでもいいから取りに来いと言った数時間後、徳冨さんはお店に現れそれらを抱えて帰っていった。
 その数週間後、彼女から連絡があった。
「結局、ベートーヴェンの皇帝に決まりました。CDは持っているのですが、先生楽譜持っていますか?」
「ああ、ミニチュア・スコアなら持っているけど。」
「さすが先生!何でもあるんですね?」
(だからあるもんはあるし無いもんはない!)
 また店に置いておくから時間がある時にいつでも取りにおいでと言って、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番『皇帝』のスコアを持ってお店に行った。そしてその日に彼女は現れた。
 今日はベートーヴェンに決まるまでの、僕しか知らないであろうちょっとしたエピソードを記しました。
 次回からはいよいよ、そのベートーヴェンの『皇帝』を彼女が演奏した時の僕の感想を記します。