25年前のベルリンの事情(出発前)


(まだまだベルリンの話が続くよ〜)
 山ちゃんがドイツへいた頃、ドイツは東西に分かれていて東ドイツの首都ベルリンの中でも東西に分かれていた話を前回した。今から25年前の話だ。今度は通貨の話をするので分からなくなったら先に飛ばして読んで欲しい。
 当時の通貨はユーロではなくヨーロッパ各国で固有の通貨を持っていた。東西のドイツはマルクを使用していた。1マルクは当時約85円程度だった。資本主義である西ドイツは1マルクが85円だが東ドイツ社会主義国なので貨幣価値が資本主義の尺度で測れない。西ドイツの国内でマルクを東ドイツマルクに替えると1西マルクが約4東マルクになる。だが東ドイツに東の通貨の持ち込みは禁止されていた。で東ドイツ国内で西ドイツマルクを東ドイツマルクに替えると1マルクは1マルクになるだけなのだ。つまり当時の世界において資本主義社会の相場は社会主義国には通用しなかったのだ。これはドイツ間だけの問題ではない。ドルでも円でも同様なのだ。だから持ち込み禁止であっても東ドイツの通貨を持ち込んだ方が得だったし、山ちゃんも西ドイツで両替して東へ持って行った方が断然得なのだった。ただし持ち込み禁止なので、見つかったら捕まる事になる。
(今までの話理解できましたか〜?)
 ケチな山ちゃんは当然西ドイツで東ドイツマルクに替えて持って行くことにした。しかも臆病者の山ちゃんは軽薄な頭でこう考えた。「西ベルリンで東ドイツマルクに両替するとスパイが見ているかもしれないからデトモルトで両替して持って行こう。そして見つからないように石鹸を割って中に隠して行こう!」
こうして山ちゃんはベルリンへ出発したのだった。