ハンガリーで楽譜を買いあさる


(私たちが留守の間はモナチンの天下らしい)
 早朝ウィーンを発った山ちゃんは、鉄道でハンガリーの首都ブダペストへ向かった。その頃の東欧は国境を越えるとガラッと雰囲気が変わる。行った事がある人でないとわからない雰囲気がたくさんある。人々の表情、持ち物、匂い、街の風景、何から何まで違う。一番わかりやすいのは一見車掌のような国境警察が車内に入って来て一人ずつパスポートをチェックする。その威圧的な態度は何度あっても馴れない。
 ハンガリーは当時西に一番近い東欧と言われていた。東欧の街の特徴は、信じられない程物価が安い事と信じられない位物が無い事だ。ところがハンガリーでは商品も結構あると聞いていた。山ちゃんはハンガリーで大きな目的があった。それは楽譜を買いそろえる事だった。ハンガリーは伝統的にいい作曲家や演奏家がたくさんいる。きっと楽譜の掘り出し物もあるにちがいないと考えていた。
 ブダペストの駅に着くとホテルの客引きのおじさんがたくさんいた。何人かに値段を聞くと一泊3500円程度だったので、安ホテルで滞在する事にした。
荷物を部屋に置いて、まず向かったのは街を歩く事と楽器店だった。ブダペストの街は、ブダ地区とペスト地区に分かれてその間をドナウ河が流れているのでとても風情があり、素晴らしい眺めだった。温泉なんかも有名だったが、山ちゃんはとにかく楽器店が目当てだった。
 予想通り楽器店には楽譜がたくさんあった。(何度も言うが東欧ではこれは当たり前の事ではない)ただ演奏家がよく使うヘンリ版だのベーレンライターだのドリュック版などの外国の出版はなかった。ひたすらブダペスト音楽出版ばかりであった。しかし価格は本当に安かった。例えば日本版で1冊1500円程度するベートーヴェンソナタ集全3巻の1冊が500円程度だった。当然ベートーヴェンソナタ集、バッハの平均律1、2巻からさまざまなフルートの楽譜を買いあさった。25年たった今でも、おそらく誰も持っていないであろう使える曲はこの時購入したものだった。総額15000円は使ったであろう高さにして軽く50センチは越えていた。当然この先持って移動できるような重さではない。それらの楽譜を7000円かけてデトモルトの住所に送った。郵便代はおそらく国内だと安いのだろうが外国特に西側へ送ると普通よりもグンと高くなるのが東欧だ。それでも満足な買い物だった。A型の山ちゃんは楽譜を吟味する時に1冊200円を郵送費としてかさ上げしていたのだった。
さらにブダペストで幸運が待っていたのだ。