朝からDVD鑑賞会?(2)

 俺はDVDの映像を見ながら、自分は現実にアル中豚舎の中に押し入れられてし

まったのだと認めながらも、この状況をなんとかしたいという抗う自分の感情を

どのように言葉で表現できるのか心の中で模索していた。

 さて、映像の中の父親はとうとう娘の貯金箱にまで手を出し酒を買いに行く。

毎晩のように繰り返される夜の修羅場から、なんとか抜け出そうと夫婦は揃って

アル中の専門の精神科へ出掛ける。父親は度々の飲酒要求と闘いながら、やがて

家庭へ戻り、みんなの笑顔が戻るというストーリーだ。

 俺は意外に真剣に見ているみんなの様子とテレビ画面を交互に観察しながら、

ボ~と考えながらボ~室内の冷めた空気を感じていた。それでもテレビの内容は

頭に入ってくるが心には響かない。それどころか陳腐で退屈なテレビ画面は僕を

別の画面背景の世界へ引き連れてくれた。例えばこんな世界だ。

(今頃こんな社宅のような狭いアパートに小学生の娘と3人で住んでいる家族を

 モデルにしたドラマはなかろう。)とか、(あっ、俺が小学生の頃にあった炊

 飯ジャーだいつも温かいご飯が食べられとる売り文句だが、一晩経つと変な臭

 いがして美味しくなかったなあ。)とかだ。また昼の公演の場面では、父親が

ブランコに腰掛けて躊躇しながらも缶ビールをグビッと飲んでいる。俺は一瞬背

景に映ったコリー犬と散歩している人を見逃さなかった。(今どきコリー犬なん

 て見かけないよなあ。本当に古い映像だなあ。)などなど、俺はあれこれ別の

鑑賞をしているうちに約20分のDVD鑑賞会は終わった。

朝からDVD鑑賞会?(1)

 看護師は続けて言った。DVDを操作しながら、「まずビデオを見て頂きます。

 その後、順番に一人ずつビデオを見た感想を発言してもらいます。ではご覧くだ

 さい。ビデオは約20分です。」と言って、たどたどしく箱からDVDを取り出し

てデッキに入れた。その様子を見ていた僕は、(なんと場当たり的な講座なんだ。

 事前に準備しておけよ。今どき学校の先生だって授業の事前準備しているよ。し

 かもただのDVD鑑賞だろう。)と思い白けてしまった。流れてくる画像はあまり

にもベタなホームドラマのようだった。だがそのドラマは幸せな家族風景などでは

ない。小学高学年の娘をもつ中年の父親が酒に酔っては奥さんに暴力を振るう。挙

げ句の果てに娘の貯金箱にまで手を付け酒を買いに出る。ようするにアル中のホー

ムドラマだった。今だとDV(ドメスティック・バイオレンス)問題のように感じら

れる映像だったが、そうは感じられないのは、このDVDの映像が、まだDVDなどが

無かった時代の、つまり日本の戦後高度成長期の核家族といわれていた家庭内の問

題とように映って見えたからだろう。ストーリーは単純で陳腐だ。外で酒を飲んで

酔っ払って帰宅した父親が家でも酒を要求しては暴れる。翌朝正気に戻った父親は

気まずい雰囲気になっている朝の食卓で、娘に楽しい約束をする。だが夜になると

酔って帰っては奥さんに暴力を振るい酒を要求するのだった。

 

   *これはフィクションです

初心者ミーティング(2)

 俺はミーティングでぎろんをする気満々で入った。20人位で満席になろうかと

いう6ヶの名が机で囲んだ部屋に10人位は集まっていた。その顔ぶれはどうみて

もビギナーズ(初心者)なんて面構えの面々ではない。むしろ《終活クラブ》とい

う雰囲気が漂っていた。だって仕方がない。みんな顔に(なんでオレはこんな所に

いるんだ!)という失望感で表われている。そんな俺だってそんな顔をしているの

だろう。まだ《終活クラブ》の方がみなさん活気に満ちているのだろう。

 会場の前方ホワイトボード前の席に座っている看護師2人が、じっと俺を見てい

た。「空いている席へどうぞ。」という言葉とは裏腹の選択肢の限られた空席の中

から決められた方へ促され俺は座った。

 俺は初めてのクラス替え、あるいは初めて会った人たちの面々を見るような緊張

感とはまた次元が異なる違和感を憶えた。俺はいつもそうだが、決められた時間に

遅れはしないが早く行って待つこともしない。看護師の1人が俺を笑顔の底で鋭く

睨むと口を開いた。「今日は新しい患者さんが参加されましたので、初めにこのビ

 ギナーズ・ミーティングについて簡単に説明します。「ここでのミーティングは

 毎回出されるテーマについて議論するのではなく、各自が思うことや考えること

 を1人ずつ順番に話をします。他の人はそれを聞くだけです。他の人の話を聞い

 て自分のことを考える時間が、みなさんにとってとても大切な時間になるでしょ

 う。」議論するのではないと聞いた俺は、なんだかガッカリした。

 

初心者ミーティング(1)

 俺は翌日から《ビギナーズ・ミーティング》なるものに参加することにした。

だいたい《ミーティング》(初心者)というネーミングが気に入らない。確かに俺

はこの病院の中では若い方だが人生の初心者ではなかろう。では入院患者のための

初心者講習でもするのだろうか?実際に俺は病院内での生活でまだわからないこと

もたくさんあるし要領を得ないことも多い。だからといって、そんな患者のために

講習会が行われる病院なんて聞いたことがない。しかも《ビギナーズ・ミーティン

グ》を12回も受けなければならないというではないか。そうしないと外へも出し

てもらえないという。本当にこの病院は監獄のような所だ。俺は受刑者になったよ

うな気持ちになり気が滅入ってきた。するとおかしなもので、自分にいったい何が

起こって、何が現実かがわからなくなり頭の中が混沌としてくる。つまり今こうして

考えている自分が現実にここへ存在しているのかすらわからなくなるのだ。頭がお

かしくなる・・・だから俺は今精神病院へいるのか・・・???俺は思考停止して

考えることを止めたくなる衝動に駆られる自分に言って聞かせる。(お前の考えて

いることは正しい。だから思考を停止させてはダメだ!)と。俺はミーティングで

議論するのは嫌いではない。病院生活の暇潰しには丁度いいかもしれない。

 俺は前向きな気持ちで《ビギナーズ・ミーティング》の会場へ向かった。

 

   *これはフィクションです

朝 の 始 ま り (7)

 朝の活動が始まる9時半までには少し時間があったが、同室の連中、つまりデブ

やブラックやブチは部屋からさっさと出ていってしまった。俺はなんだかみんなか

ら一人取り残されたような気分になった。どうしていいかもわからず俺はウロウロ

していた。そこへ看護師が通りがかったので、「ビギナーズ・ミーティングって、

どこでやっているのですか?」と訊いた。するとその看護師は「ヤマダさんはまだ

 何もしなくていいから部屋で寝ていてください。」と言った。仕方がないので俺

は大人しく部屋へ戻った。誰もいない部屋で一人ボ~と寝ておくのも悪くはない。

そんな日が数日続いた。ある日のことだった。俺しか部屋にいない朝の時間に突然

看護師が入ってきた。入院時俺に長々と気分が悪くなるような話をしていったあの

看護師だった。どうやら俺の担当看護師のようだった。入院して数日経って病院生

活にも少し慣れていた俺にとって、その看護師の顔はもっと嫌みを帯びて見えた。

そしてその期待を裏切らない言葉を俺に投げつけるのだった。

「寝てばかりいるといつまでも退院できませんよ。明日からビギナーズ・ミーティ

 ングに参加してくださいね。ビギナーズ用の用紙をここに置いておくので、毎回

 これを持っていってハンコを押してもらうんですよ。」看護師はその用紙を机の

上に置くとそそくさと部屋を出ていった。俺は「何もしないで寝とけと言ったのは

 そっちじゃないか。」と一人大声で呟くとベッドでそのままふて寝した。

 

朝 の 始 ま り (6)

 俺の人生の中で、酒こそ最高の薬だと豪語し栄養ドリンクですら飲まなかった

俺にとって手にのせられた薬の山は悪夢以外の何ものでもない。(これを全部飲

むのか?・・・しかも後にいっぱい並んでいるではないか・・・)看護師たちは

にこやかに俺を見ていた。俺の朝の薬は、錠剤14錠に粒剤1包、それに180ml

はあろうアミノレバーといういかにも肝硬変に効きますというような名前が付い

たドリンク剤まであった。さすがにそのドリンク剤はテーブル席に持って行って

飲んでいいと言われたが、多量の錠剤を飲み込むだけでも四苦八苦だった。後ろ

にいた年寄りが片手に山ほどある錠剤を一気に飲み干す飲み干す姿を見て、俺は

素直に凄いと感心した。

 こうして投薬が全員終わるとすぐに朝礼が始まった。ホワイトボードが出され

号令が掛けられた。その声の方を見ると同室のブチが立っていた。そういえば瞑

想の時の号令も同じ声の主、つまりブチだった。ホワイトボードに目を向けると

そこには時間割とその日の講義らしき名が書かれていた。それを会長と呼ばれて

いる年長者が改めて声に出しているだけだったが、俺が理解できたのは入浴や食

事などやミーティングなど馴染みの言葉はなんとなくわかったが、他のいくつも

の単語は意味不明だった。AAだのBBだのラーンだのラーニングだの全くもって

思考不能になってしまった。

 部屋に戻ってそのことをデブに訊いても「そのうちわかるよ。」としか言わな

い。デブはそのうちわかったのだろうか?あるいは、わからなくても生きていけ

ているのだろう。ブラックは「お前さんは午前中のビギナーズ・ミーティングに

さえ出ておけばいいんだよ。」と俺に言った。

朝 の 始 ま り (5)

 朝9時から始まる朝礼の前に、15分間の瞑想の時間と投薬がデイ・ルームで行

なわれる。瞑想は8時10分に全員が集合したら、「瞑想はじめ!」の号令と共に

各自が目を閉じて瞑想する。(のような雰囲気を醸し出している)デイ・ルームの

一部がナース・ステーションに隣接しているので、瞑想の静寂の中で看護師たちの

声が妙に響いて耳に入ってくる。それが仕事の打ち合わせだったら俺も神妙に瞑想

できるのだが、それが雑談や笑い声だとどうにも集中できない。ただでさえ集中力

が欠如している俺にとって、耳に入ってくる雑音はそのまま耳に障る。しかたがな

いので、この時間は暗楽譜した曲を記憶の中で復唱再現してみるようにした。それ

からは、この瞑想の時間は俺にとって貴重な時間になった。何故なら曲の記憶が曖

昧になると、さらにその記憶の糸口すらもつれてしまって頭が混乱してしまう。そ

うこうするうちに瞑想の時間はあっという間に終わる。終わってからも看護師たち

がナース・ステーションから出てくるまでそのまま全員が待っている。看護師が出

てきたら部屋単位の患者ごとに脈をとってもらって、一日の便の回数と体温とを用

紙に記して提出するのだった。それが終わり次第、ナース・ステーション前に一列

で並ぶ。一人ずつ薬を渡され3人の看護師が見ている前でそれを飲み干すのだ。そ

こまで確認しないと飲まない輩もいるのだろう。俺の順番がきた。名前を言って手

渡された薬を見てギョッとした。とにかく驚いたなんてものではない。

された

 

   *これはフィクションです