作家が書いたピアノコンクール(6)

 さてピアノコンクールの内容はどうだったかは素晴らしい筆致で書かれた著者を尊重してあえて触れないが、その著書の冒頭に彼らが演奏した曲が詳細に記してあり、最後にコンクールの結果の詳細も記してある。つまり結果を知りたければ数秒でわかる。だからここでは著者がさすが作家だなと思わせたエピソードを二つ紹介しよう。
 まず明石さんは1次予選は通過した。2次予選は全員が演奏しなければならない課題曲に現代作曲家菱沼氏の「春と修羅」があった。その曲はカデンツァという演奏者が自由に創作し表現できる箇所があった。その曲を彼の演奏は多くの人を感動させたが残念ながら3次予選には進めなかった。亜夜は明石に会うと「貴方の演奏をどこかでまた聴きたい」と言った。明石は結局菱沼の曲を優れた解釈と演奏に与えられる菱沼賞と奨励賞が与えられた。(本来2次予選で落ちた演奏家にそんな賞は与えられらレないけどね・・)
 ジュリアードから参加したマサルがピアノを始めるきっかけになった少女、つまりマー君アーちゃんと呼び合っていた幼き二人はまさにこのコンクールで出会った亜夜とマサルだった。マサルは舞台上の亜夜を見ただけでアーちゃんだとわかった。二人は親しくなった。(実際には幼なじみとコンクールでトップを争うのも奇跡的だし、そこで仲良くなるのも奇跡的だけどね。)この二人に触発されたかどうかはわからないが、昔夫婦だった審査員の二人、ナサニエルと三枝子だがコンクール終了後のレセプションの後でナサニエルが三枝子によりを戻したい旨の話をする。ぐっと小説的になってこの小説は終わる。
 あと天才少年風間塵、彼にはあえてここでは触れなかったが将棋の天才藤井さんを思わせるだけの存在感がこの小説であった。彼は誰もが弟子になれなかった故ホフマンのおくった弟子、それにナサニエルも三枝子も精神的に圧倒される。亜夜は塵の演奏に感動しながら自分の演奏にモチベーションを見いだす。結局この小説は風間塵を中心にコンクールが展開されるのだった。読み終えて『蜜蜂と遠雷』のタイトルが納得できる。
 どうでもいい話だが、僕は本の扱いが悪いので表紙を取って読む。『蜜蜂と遠雷』は現代風ながら草原にいるような懐かしい画風の表装を取ると今度は美しい漆黒のピアノを思わせる内本だった。もし意図的に創作されたのであれば素晴らしいセンスだと感心している。