徳冨信恵というピアニスト(17最終回)

 通常オーケストラの人間は個人練習をしっかりとし
てから合わせ練習をする。その合わせ練習も演奏会直前でない限りは週一回ってところだ。前にも書いたが指揮者練習は本番前に2、3回あればいいほうだ。それ以外は代わりの人間が指揮をする。
 徳冨信恵さんは本来は学生が指揮指導をするべき合わせ練習に、彼女のもっている人脈の中から適任者を見出し要請した。彼は長くオーケストラの中でヴァイオリンを演奏しておりかつ学校でブラスバンドをはじめ音楽の指導者でもあった。彼の指導で学生主体のオーケストラはめきめきと上手になっていったそうだ。徳冨さんはその指導を見守りながらピアノで参加したようだ。それだけではない。彼女は学生が指揮をする練習の時も、ピアノがどのような音楽をやっているかみんなにわかって欲しいからと一緒に練習に参加していたようだ。オーケストラ練習では独奏者に気を遣わずに自分達の練習したい箇所を集中して練習するので、それに独奏者が加わるって事はオーケストラとしては助かるが、それに付き合う独奏者は忍耐が必要だ。それだけの時間を自分の練習にあてた方がよかったと思うのが普通だろう。彼女はそのオーケストラ練習にも何度も足を運んで参加したのだ。その努力がオーケストラ団員を含め多くの人をベートーヴェンのピアノ協奏曲『皇帝』に気持ちを向かわせたのだと僕は思っている。実際に僕自身は指揮者練習を聴きにいったし、なによりオーケストラを指導してもらったヴァイオリンの先生においては本番のステージでヴァイオリンを弾いてもらっていた。全ては彼女の音楽だけではないひたむきな努力がみんなを動かしたのだろうし、それがひと月前のあの素晴らしい演奏につながったのだと確信している。
 僕は一度彼女に言った事がある。
「そこまでオーケストラに関わらなくてもいいんじゃないの?」彼女は僕にこう言った。
「だってあのオーケストラは私の母校だから。母校のオーケストラが人から悪く言われたくないから、できるだけの事をしてあげたいの。」
 ひと月前のあの演奏は、彼女が正しかったことを証明した。(おわり)

 簡単に感想を書くつもりで始めたが、なんとなくだらだらと長くなってしまったが、僕自身大いに楽しめた。稚拙な文にお付き合い頂いた方々に感謝である。