徳冨Nというピアニスト(15)

 2台のピアノ用の協奏曲を渡された日は、僕にとってただ貰った日ではない。彼女はその時点である程度その曲を弾けるようになっていた。今だからわかった事だが、曲のコピー譜を渡してくれるだけであれば、彼女なら翌日には大量の楽譜をコピーしてそれを製本して僕にくれただろう。それが数日後だったのは自分が弾けるようになる為に必要な時間だったのだろう。トドのつまり、コピー楽譜を渡されたその日には彼女のピアノ独奏を聞きながらフルートでオーケストラのパートを吹かされた訳だ。
 最初は音楽遊びのように吹いていたが、せっかく練習しているのならと、僕ならではの助言もしてあげた。「このフレーズは管楽器が歌いたい箇所だからゆっくり聞こえるけど、ピアノはあまり付き合ってテンポを落とさない方がいい」とか「ここのテンポはティンパニを聞きながら弾いたらいい」とか「その間合いでは速すぎてオーケストラがタイミングよく入れない」など、仮想オーケストラのつもりで助言した。オーケストラとの合わせ練習が始まるまで2,3回合わせただろうか。オーケストラ練習が始まると僕は合わせを辞退した。一対一で合わせるのと一対オーケストラの人数で合わせるのは本質的に音楽作りが違う。一対一だと独奏ピアノの音楽にどうしても合わせていくようになる。しかしオーケストラだと(たとえ指揮者がいたとしても)独奏ピアノがオーケストラに合わせないといけない箇所も増える。しかし合わせ過ぎると音楽が単調になるし消極的なピアノではオーケストラも演奏しにくくなる。それらを含めていい関係をオーケストラと築くには慣れが大事だが、オーケストラとピアノ協奏曲を慣れる程演奏できるピアニストはそんなにいない。
 そこで彼女は新たなる助っ人を見つけたのだった。その人はヴァイオリンの演奏者で音楽の指導歴も長く、まさにうってつけの人物だった。彼の指導によってオーケストラはメキメキと腕をあげたようだ。ここで特筆すべきは、そのオーケストラ練習にピアノが入らない練習にも関わらず徳冨さんはその練習と指導ぶりを見守っていたようだ。その細やかな配慮が人材を動かすのだろう。そういえば僕にも「お店に花があったらいいと思って。」と、花一輪持ってきてくれた事があった。『花一輪くらいで・・・』なんて思う事なかれ!花一輪でも男は嬉しいものなのだ!よねえ??