T.N.というピアニスト(13)

 ベートーヴェンティンパニ(基本2つないし4つ並べられた太鼓なる打楽器)の扱いがうまい。オーケストラが盛り上がる時、強力に加担してくるようなイメージがあるこの個性的な楽器を、とても効果的に扱った。例えばだ。いつも会が盛り上がっている時更に大声で話に割って入ってくるような人が、ある時静かに淡々と語っているので皆もいつの間にか彼を注視して静かに聞いていた・・・そんな独特な緊張感ある場面をベートーヴェンティンパニでつくった。それが『皇帝』の第三楽章の最後にある。タッッタタタタタというリズムを何度も繰り返していたティンパニが和音だけのピアノと二人になり最後は一人で奏しゆっくりとなって消える・・と突然、強い疾風の如くピアノが音階を両手で右往左往に駆け巡りオーケストラの終止への呼応を導き出し派手にこの楽曲が終えた。
 予想外にもあまりに素晴らしい演奏だったので、(失礼ごめんなさい)僕は前出のティンパニの場面で、素直に『ブラヴォー』と叫ぼうと決めていたが、身内受け(誰が身内だって???というピアニストの声は聞こえない)のように思われたら嫌だなという躊躇もあった。だがそれは杞憂に過ぎなかった。終演すぐに『ブラヴォー』の声があがったのだ。しかも見事な発音で!僕同様シャイな聴衆が多かったであろう会場の雰囲気を代表するような『ブラヴォー』に乗せられるように会場全体が大きな拍手に包まれた。
 ここで詳しくは書かないが、僕は演奏後の雰囲気も大好きだ。オペラのカーテンコールなんてその極致だが、なかなかどうして一般コンサートもいい。その日の徳冨さんの拍手の中でのステージ上の所作も彼女らしくて好感がもてた。
 さて、本来ならここでこのブログのコーナーも終了とすべきなのだろうが、僕がこれを記しだしたのには理由がある。(まさかこんなに長い文になるとは思っていなかったが・・)
 一つはこのブログの冒頭で記したように、僕が徳冨さんの演奏の評価を訊かれた時、複数の人にブレずに同様に評せられるようにプログという形で残しておこうと思った事だった。当然文責は僕にあり、今のところ徳冨さんからのクレームはない。
 で、このブログを書こうと思った理由はもう一つある。実はそちらの方が、むしろ僕が伝えたい今回の本質に迫るものなのだ。そう思ったのは、この演奏会のある方の感想だった。「今年のオーケストラは去年よりもよかった。」というものだった。ある方の感想はまだ続くがここでは省く。
 今回のベートーヴェンの協奏曲が良かったのは、勿論彼女の演奏も指揮者やオーケストラの演奏もよく、それがうまく噛みあっていた賜物であろう事は間違いない。だが、練習から本番までのプロセスをどのように徳冨信恵というピアニストがとっていったのか理解する事で、今回の演奏の素晴らしさは彼女の演奏の努力だけではない他の多大なる努力によるものが大きかったのだと、僕は確信している。
 それを僕の視点で記したいと思っている。それが、このブログで本来話したかった本題『徳冨信恵というピアニスト』なのだ。
 本題に入る前に、ここで少し休憩しよう。これまでの感想だけでもううんざりだ!という方はここでお帰り頂き、彼女の事、音楽の事、オーケストラの事に少しでも興味が持てたのなら、もう少し僕のブログにお付き合いしてください。