T.信恵というピアニスト

 話を徳冨信恵さんのコンサートに僕がゲスト出演する事になったところまで戻そう。
 この話が彼女から持ち込まれたのは5月でコンサートは11月だ。僕にとってはまだまだ先の話だった。ところが彼女は合わせ練習を毎週したいからお店に(お店にアップライト・ピアノが置いてある)練習しに来たいという。これを聞いて面食らったが、(だって前回話したように、合わせ練習は本番前に数回するのが僕の慣習だったものだから)フルート演奏から遠ざかっていた僕にとって、確実に練習ができしかもピアノ付きだとあらば断る理由が無い。「ちぇっ、忙しいのにしかたがないなあ・・・」という顔をしながら喜んで快諾した。
 長時間かけて合わせ練習をするという僕にとって初めての練習法は、僕にとって刺激的であり音楽的にも大変勉強になり、そしてとても楽しいプロセスだった。なぜならそれが僕の音楽人生で初めて経験するピアノとフルートのアンサンブルになったからだ。
 合わせ練習の当初は彼女のピアノは全くもって未完成・・いやそれ以下かな?だった。正直僕は閉口したし、もともと面識が無く演奏すら聴いた事が無かった彼女に不信感を持った。しかし、その合わせ練習の時間が楽しく感じるのに時間はかからなかった。
 つまりこうだ。本番直前の合わせ練習であればピアニストはある程度練習ができ上っている。音楽の感じ方や演奏はみんな違うものだ。だから僕はピアニストに対して音楽的に最少の要求をし、多くをピアニストに任せていた。そういった手法を僕は身についていた。ところが僕の目の前にいる若いピアニストはまだまだ練習の途上にいる。つまり今なら僕が音楽的に考えられるいろいろな表現を彼女に好きなだけ要求できるのだ。勿論彼女も音楽的人格を持った立派なピアニストだ。僕が要求した事が音楽的にも論理的にも彼女を納得させられるものでなければならない。だから僕自身もいつも以上に集中して考えながら練習した。僕が要求した事を彼女が「なるほど〜!」と言って弾いてくれる事がどんなに嬉しかったか。このようなプロセスで練習したのは音楽大学や留学時代以来(もう30年も前)だ。だから彼女との合わせ練習が何度あっても楽しくない筈がなかった。
 こうして11月のコンサートへ向けて我々の、音楽という家を組み立てる為の練習は、そのピースやブロックの仕様を考えるまでに階段を一歩一歩登る如く、ゆっくりとゆっくりとゆっくりと(どれだけゆっくりやねん!という声は聞こえない)確実に登っていった。そして11月の『徳冨信恵ピアノリサイタル』を迎えたのであった。