コンサートにいきました。


(私達はお留守番だったんだぞ)
 息子がセンター試験を受けた日曜日、僕はコンサート会場から息子を見守っていた。つまりコンサートへ行ってきました。どうしても聴きたいプログラムだったのだ。演奏家に興味があってコンサートへ行く事が多い僕にとって曲目で行きたくなったのは珍しい。曲はブルックナー交響曲第9番だ。
 僕はずっとブルックナーが嫌いだった。ブラームスが「交響的蛇足」と揶揄したあのだらだらした交響曲がどうにも好きになれなかった。しかも大好きな作曲家ブラームスがそのように言ったのだから好きになれなかったのは仕方がない。ところがドイツに留学したとたんブルックナーが好きになった。初めて海外へ行った所がドイツだった。電車の車窓から眺める風景がまさにブルックナー交響曲の風景だった。ブルックナー交響曲の中で人気があるのは4番『ロマンティック』と7番だろう。僕は一番最初に感銘を受けたのは9番だった。未完成ながら(つまり全4楽章の構成のうち3楽章までしか完成していなかった)3楽章で完結している様な厳正で宇宙的な音世界がその曲にはあった。僕はドイツ留学時代その曲を何度もレコードで聴いたものだった。ただ生演奏を聴く機会がなかった。それをNHK交響楽団が演奏するというのだ。指揮者も何度も映像で見たメトロポリタン歌劇場の実力者だ。それにプログラミングも魅力だった。ブルックナーが二短調に合わせたのだろう。前半はモーツァルトの有名なピアノ協奏曲二短調でピアニストはウィーンの実力者ブフビンダーだ。これは聴かない法はない。
 席は会場の一番後ろだったが、どの演奏も繊細なニュアンスまではっきりと聴き取れた。ブフビンダーのモーツァルトは素晴らしかった。奇をてらったり、誇張した表現をすることなく、たんたんと丁寧に音の粒を紡ぎあげていた。上品で繊細で上質な前菜を食べているようだった。オーケストラとの共演であるにも関わらず、鳴りやまない拍手にこたえてピアノソロのアンコールを演奏した事が、彼の演奏が素晴らしかった事を物語っていた。しかもアンコール曲が洒落ている。ヨハン・シュトラウスのコウモリ序曲を中心にしたパラフレーズ『ウィーンの夜会』で、ブフビンダーは軽快に華麗なテクニックをさらっと弾いた。
 後半はブルックナーで期待通り予想通り、これも秀演だった。期待したディナーを食べに行ったら、ディナーだけでなく前菜もデザートも素晴らしかった、というような幸せな時間を過ごす事が出来た。
 翌日家に帰って嫁さんに「センター試験はどうだったと言っていた?」と訊くと、「むずかった!」と言っていたわよと言った。さすがに僕が「コンサートは凄くよかったよ!」とは言えない。いつもは息子と一緒に行っていたコンサートで、一人で行った時も息子に「凄くよかったよ!」と言ってプログラムを机に置いておくか直接見せてやっていたが、今回は持って帰ったプログラムはそのままゴミ箱に捨てた。感動は一人静かに胸の中へおさめている。