感動のコンサート


(見て、この素敵な姿勢を)
 感動のコンサートはまず会場の扉を開けた瞬間から始まった。少し遅れて入った僕の目の前には客席がありほぼ満席の観客の背中が見えた。当然その向こうで既に演奏者達の音楽が始まっていた。僕は目が合わないようにかがんで前に進み後端の席に座った。そして改めて前を見て感動した。演奏者達のバックは全面窓ガラスで、ガラス越しには風光明美な常盤公園の自然が映えているではないか。近景には色々な木々があり風に揺れていた。特に黄葉した木はまさにドイツの風景だった。そういえば今日のコンサートのテーマは『あこがれ〜ドイツ音楽に想いをよせて〜』だった。そして木々の向うに湖が見える。公園内のときわ湖だ。そして遠景には対岸が見える。そこには前日紹介した数々の野外彫刻が見える。素晴らしいロケーションだった。ここへ座って窓のロケーションを見ながら生の演奏を聴いているだけで癒される。
 さてその演奏だがこれがまた素晴らしかった。友人であるソプラノのモチェオ久美とピアノの山根浩志、そして宇部市出身で長年新日本フィルハーモニーの奏者であった植木章氏の演奏だった。僕が一番聴きたかったシューベルトの岩の上の羊飼いの演奏が始まっていた。
 モチェオ久美とは学校の演奏等でよく一緒に演奏する仲だ。上手なのはわかっていたが、このコンサートに合わせて声のコンデションを創ってきたのだろう。素晴らしい歌声だった。シューベルトでは彼女の歌声と表現には、これはドイツリートではなくオペラだよなあ・・・とも若干思ったが、これもありだと納得させられる好演だった。彼女のその歌声と性格はシャイなシュポアの歌曲に於いてその魅力を大いに引き出していた。
 植木氏のクラリネットはとにかく音色が美しかった。シューマンの名曲、クラリネットとピアノの為の幻想小品集ではもう少しダイナミックがあってもいいのかなとも思ったがそれを凌駕する気品と美しい音色に魅せられた。
 山根浩志のピアノは相変わらず素晴らしかった。アンサンブルに於いては相手に合わせるだけでなく相手の感性をひき出しながら音楽の細部にまで考えられた素晴らしいピアニズムだった。シューベルトシュポアにでてくるソプラノの歌声の中での植木氏との掛け合いも会話しているように見事で、全体のバランスもよかった。ピアノソロのシェーンベルクの6つの小品は圧巻だった。シェーンベルクの12音技法は次第に無機質な方向へ進むのだが、この曲には抒情性が感じられた。その抒情性をベルクが継ぎ、無駄な音を削ぎ落とした鋭利な感性をウェーベルンが継いだ。それが見事に山根浩志のシェーンベルクに表現されていた。窓の風景がさらに美しく感じた。いい演奏を聴くと幸せな気分になる。家に帰ってさっそくワインを二本開けた・・・空けた。全然懲りていないバカ者がここにいた。