ムンちゃん物語(5)


(どれが本物のムンちゃんでしょうか?)
 夏の暑いある日、僕達家族で海に行った。勿論ムンちゃんも一緒だ。小学生低学年の息子はムンちゃんと海水浴を楽しんだ。ムンちゃんは水に浮かんだ大きめの木切れを咥えて取ってくる遊びが好きだったので、僕が海に向かって木切れを投げてやると嬉々として海に飛び込み沖に向かって泳ぎ出した。まだ幼かった息子もそれを一緒に取りに行こうと泳いで遊んだ。
 海水浴の帰りは、海に浸かったムンちゃんを洗おうと、今度は清流のちょっとした深水で泳がせた。
 その帰りには、湧き水で美しい池がある所で名物のニジマス料理を食べていく事にした。その池は2、30歩で一周出来る程の大きさで聖なる泉という事で、手を浸ける位ならいいが中に入る事はできなかった。
池の中を注視してみると確かに水が湧いていて、何箇所かで底の砂が踊っていた。
 僕達は木陰に車を停めて、窓をムンちゃんの頭が出ない程度に開けて昼食にした。食堂もあったが、やはりこの季節は池の隣に設営された場所で食事をするのが気持ちいい。ニジマスの背ごしにフライ、塩焼きがセットになっていて十分に満足できる。
 満腹してさあ帰ろうと足を進めていたその時だった。向うからいるはずのないムンちゃんがハッハ、ハッハと舌を出して走ってこっちに向かってきていた。
「ムンちゃん、どうして出てきた!」という僕の叫びを無視するようにそのまま池へジャブン!!!そのまま涼しい顔をして泳ぎだした。
 僕が「こらっムン!こっちへ来い!」と怒鳴っても彼女は僕に背を向けて反対側に泳ぎだす始末だ。
「周りは物見客でいっぱいになり、
「犬が泳いでる。可愛い〜❤」などと騒いでいる。
そこへ一人の初老の男性が僕に怒って言った。
「ここは神様の池で、誰も泳いではいけないんだ。それなのに犬を泳がすとは・・・」
僕はただただ「すみません」と「早く来い!ムン!」を繰り返し言うので精一杯だった。
 彼女は5分位神の池で堪能しただろうか。池からあがった彼女を連れて、僕達は逃げるようにそこを去った。
 ムンちゃんはその池で泳いだ唯一の犬だろう。
 それ以来、僕達は一度もそこへ行っていない。