カーテンコール(2)

 そしてにこやかに堂々と出てきたのは神杉静江だ。すると会場の雰囲気もがらりと変わった。どこからとなく大きな声援が起きた。
(当然だよな。あれだけ見事なアルトの美声でアリアを歌われちゃあ。他の出演者も敵わないだろうなあ。神杉静江は60半ばの役の設定だったよなあ・・・それにしては少し若すぎるな・・・それに太っているし・・・)
 その堂々とした所作で神杉静江は深々と何度もお辞儀をして引っ込んだ。次に出てきたのは信田正だった。
(神杉静江の後では厳しいだろうなあ・・・)
 意外にも会場の拍手が衰える事はなかった。観客達は信田正の誠実なテノールの歌声と演技力に惜しみない拍手を贈っていた。彼はそれに応えるように、おどけたような大袈裟な動きで会場を沸かした。そしてピエロのように小走りで去っていった。
 少し間があって出てきたのはノブチンだった。会場が盛り上がらない訳がない。ノブチン役の女性は清楚で美しくそして見事なソプラノを歌ったのだ。
「なあ、彼女の役柄作りだとしても、幕が進むにつれ彼女の存在感が増してくるその脚本や演出も見事だっただったよなあ。」
「今晩あいつに言ってやれば喜ぶわよ。」
 会場が大きくどよめいた。それは赤ハリ先生役が出てきたからだ。
「びっくりしたなあ。ここでもう主役の登場か?」
「主役じゃないから、このタイミングで出てきたんじゃない。」
「だって彼はタイトルロールだよ。」
「何?その何とかロールって。ケーキの名前?」
「何で、今ケーキの名前が出てくるんだよ。タイトルの役をそう呼ぶの。この作品のタイトルが『赤ハリ先生の居酒屋』だろ。」
 主役扱いにされなくても赤ハリ先生の存在感は大きかった。赤ハリ先生は舞台の先端に出てきて、オーケストラピットに向かって団員達に労いと共感の拍手をした。それには観客達も同じ感情を持ったようだった。観客達の拍手はより大きくなりオーケストラの団員達に贈られた。