第三幕第一場 第三夜(2)

その上昇中のタコが言った。
「んで、今週は面白い客はいたの?」
「そうですねえ、ある意味お客様はみんな面白いのですが、今週特に印象に残ったお客様はですねえ・・」「おっ、印象派ですね。」と言ったノブタのくだらないジョークはみんなから無視された。
「お店に入ってくるなり、自慢話ばかりする五〇代の男性客ですかねえ。勿論同業者です。
 その方は、自分のお店に多くの若い女の子を置いていると言っていました。それからは、貴女方には言えないような危うい厭らしい話をたくさんして、自分は女の数だけマンションの部屋を持っているんだと自慢していましたよ。」
(羨ましい)というノブタの呟きに、タア子はノブタを睨みながら言った。
「その客は何の目的で赤ハリの店に来たのよ?自慢話をしに来たのではないのでしょう?」
「それが自慢話をしに来ただけみたいでした。正直、その方の景気のいい話を聞きながら、私はチップを期待していました。だって二時間以上もそんな話を聞かされてビール二本とつまみ一皿だけですよ。で、私はワクワクしながらお会計の時に1400円です、って言ったのですよ。」
 タア子は素っ頓狂な声をあげて言った。
「はあ〜?たったの1400円?」私もノブタも同感だった。タア子の反応が早かっただけだ。
 そのタア子は更に、
「当然、少なくとも5000円は払って行ったのでしょうね?」と言ったら、ノブタがすかさず言った。
「そんな男ほどケチなんだよ。そんな男は女にしか金を使わないんだ。」
「そうなのです。信田君の言う通りなのです。彼は千円札を二枚払うと、当然のようにお釣りを待っているのです。しかも領収書をくれと言うのですよ。たった1400円でですよ。私は彼の大仰な話と厭らしい話に二時間以上も付き合わされて1400円しか頂けなかったばかりか、不慣れな領収書なるものを書かされたのです。」
「先生、まさしく官能的な印象派の客ではないですか。」
ノブタの発言はまたしてもみんなから黙殺された。
 野豚はその空気に慌てて言い繕った。
「先生、その客はそれほど儲かってはいないと思いますよ。でないと領収書など貰いませんよ。全部がホラ話とは言いませんが、同業者が偵察に来て大風呂敷を広げて帰った、という位軽く思ったらいいのではないですか。その客は二度とこの店に現れないと思いますよ。」
 ノブタのその言葉が正しかった事は、それから数ヶ月経っても現れないその客の話題になった頃に証明された。
 (第三夜 終わり)
 #この小説はあくまでもフィクションです