第三幕第一場 第二夜(2)

 タア子はその揚げだし豆腐をつつきながら、
「だからあ・・・こんなのをお薦めとして提供したらいいの。で、同業者で嫌な奴とかはいなかったの?」
「同業者のみなさまは一様にいい方ばかりでしたよ。恐らく、私ではライバルにもならないと思われたのでしょう。」
「おいおい、そんなに弱気でいいのか、ねえブラマン?」
(急に私に振らないでよ!何とも言いようがないでしょう。)
 答えに窮した私は、話を少し変えてみた。
「それで、クレーマーは一人もいなかったのでしょうか?」
「クレーマー?・・・?」
 赤ハリ先生が答えに窮しているとタア子が言った。
「クレーマーもわからないの?クレームを付ける人の事よ。文句を言う人!」
「ああ、あったと言えばありました。それはですね。パスタです。」
「パスタ?」私とタア子が同時に声をあげた。
「そうです。厳密に言うと細いスパゲッテイでスパゲッティーニといいます。
 私は少しでも茹で時間を短縮する為に細い麺を使っているのですが、三人の男性と来られた若くはない女性がボンゴレを注文されてその麺を見て、何で冷静パスタの麺を使うのか、って怒られましたよ。」
「え〜、細麺だからって冷静パスタ用ではないんでしょう?」
そうですよ。でもその女性はあまりにもしつこく文句を言われるので、さすがに私もキレてしまいました。」
「へえ〜、赤ハリもキレるんだ。で、何て言ったの?」
「このパスタはイタリア製で現地イタリアには冷製パスタなんてものはありません。つまりあなたは細麺パスタを冷製用だと勘違いしているのです、と言ってやりました。」
「で、その女性は何て言ったの?」
「へ〜、あんたイタリアに行った事あるの?と言われたので、五回ばかり行きそのうちの一回は半年程滞在していました、って言ってやりました。」
「で、どうなったの?」
「なんとなく話題を変えられました。パスタだけでなく、出した物全部に言いがかりをつけられたのですが、パスタの件があまりにもお粗末な言いがかりだったので、その他の件も全く気になりませんでした。」
「ふ〜ん、でも他の件は結構的を射ていたりして・・・」
「こらタア子、そんな事言ったら先生が傷つくでしょう。」
私はタア子にそう諭したが、赤ハリ先生はすぐに言った。
「ああいいのですよ。酷評は演奏の批判で慣れていますから。全く動揺しませんよ。その位の根性がなければ演奏家にはなれませんよ。」
(今演奏の話をしてたっけ?それに赤ハリ先生、演奏 家を廃業したのではなかったかしら・・・?)
 #この小説はあくまでもフィクションです