第三幕第一場(5)

 タア子の賛辞は続いた。
「それにしてもいいじゃん、このリンゴの絵。
 (タア子のタメ口はタメ池並みに進化した?)
リンゴが赤色だと思っている奴はいっぱいいるだろうけど、(それはタア子、お前だけだ。)黄色のマジックで微妙なニュアンスが描けてるじゃん。すごくいいよ。本物のリンゴみたいだよ。」
 赤ハリ先生は嬉しそうに言った。
「そうですか、それは嬉しいですね。でも私が解説したかったのは、写真のように写実的に描いた左のページのリンゴではなく、右のページのリンゴなのです。」
 その右のページには、赤いペンと黄色いペンが歪んだ円形の中を自由奔放に暴れまわったような筆跡が残っていた。そこにはもう赤や黄色の痕跡はなく、薄汚れた色彩の歪んだ円らしきものだった。
「はぁ〜、これがリンゴ?私にはリンゴを描く前にインクの出を確かめる為に描き散らした痕にしか見えないよ。」
 タア子の素直すぎる感想には私も同感だった。勿論私は赤ハリ先生の意図も理解していた。
「そうですね、少しやりすぎて印象派を過ぎてしまいましたね。左の具象画のリンゴと対照的にしたかったのでこんな画風になってしまいました。」
印象派・・・?具象画・・・?」
(このタコ、印象派も具象画もわかっていないようだわ・・・)
「ああ、ドビュッシー印象派かあ・・・」
(あっ、ドビュッシーは知っていたんだ。でも印象派は画家達の方がずっと有名なんだぞ。)
 赤ハリ先生はタア子の言葉に感心して、
「ほう、ドビュッシー印象派だというのは知っていたのですね。それはよかった。私は印象派を解説する為に、有名な印象派の絵画で例えようと頑張って描いたのですが、そんな必要はなかったようですね。」
と言ったが、タア子がすぐに言葉を返した。
「いえいえ、先生、先生!私印象派という名前は知っていても印象派がどんなものだか全然わかっていません。」
(このタコ、そんな知識で私のあだ名をブラマンって・・・)
「そうですか、ではやはりリンゴを描いてよかったって事ですね。」
赤ハリ先生はそう言うと、優しい口調で話を始めた。