第三幕第一場(4)

 そんな空気を気にする様子もなく赤ハリ先生は話を続けた。
「その中にクロード・ドビュッシーもいたのですよ。だから彼はマラルメの詩による歌曲を創っています。有名なオーケストラの曲『牧神の午後による前奏曲』もマラルメの影響から作曲したのです。それよりも彼の音楽そのものが、マラルメの詩から大きな影響を受けているのです。」
 タア子が言った。
「でもマラルメって人は詩人なんでしょう?文学と音楽が影響しあうというのはなんとなくわかるけど、作風の影響が大きいなんてわからないわ。」
 赤ハリ先生は黙って、私達の前のカウンターに真っ赤なリンゴを一つ置いて、
「これは何ですか?」と私達に訊いた。
「リンゴに決まっているでしょう。バカにしているの?」タア子が腹立たしげに答えた。
「いえいえ、そうではないのですよ。」
赤ハリ先生は涼しげにそう言うと、スケッチブックを取り出して何やら描きだした。
 私はお店に12色のマジックとスケッチブックが置かれているのに少し驚いた。もしかしたら油彩絵具も置いてあるのでは?と思った。そこへ赤ハリ先生が、
「できました。」と言って、開いたスケッチブックを私達に見せた。
 タア子が叫んだ。
「赤ハリ、上手じゃん。凄いよ、このリンゴ。」
 タア子の素直な感嘆の声に照れた赤ハリ先生は、
「いえいえ、色鉛筆か油絵の具があれば、もう少し上手に描けたのですけどね。」と言った。
 それを聞いた私は、さすがにここには油彩絵具はない事がわかった。