第三幕第一場(3)

 その夜から私達は『赤ハリの金曜日の会』を結した。毎週金曜日の夜、私とタア子が『赤いはりねずみ』に来て、お客さんがいなくなった後に、赤ハリ先生からその週の面白きお客さんのエピソードを聞く、という悪趣味な会だ。
 それを即、カウンター内の赤ハリ先生に言ったら、先生は好感を持って受け入れてくれた。
「それは面白いですね。本当にいろいろなお客さんがいらっしゃいますよ。それにしても、その会の名前がいいですね。『マラルメの火曜日の会』から引用しましたか。」
 さすが赤ハリ先生だ。今は居酒屋の店主とはいえ、最近までピアニストだっただけの事はある。私の意図をさらっと言い当てた。
 隣に座っているタア子が訊いた。
「えっ、なんとかの火曜日の会って何の事?」
 そうだろう。彼女は『赤ハリの金曜日の会』を言葉そのままにしか受け取っていなかったようだ。
 赤ハリ先生は、そんなバカな弟子にも面倒臭がらずに丁寧に説明してやっていた。
「『マラルメの火曜日の会』というのはですね、フランスの印象派詩人であったマラルメのもとに多くの芸術家が毎週火曜日に集った事から、そう呼ばれたのです。詩人のヴェルレーヌや画家のマネやモネ、ルノアールもいたのですよ。」
「ふ〜ん、なんかそんな名前の画家を聞いた事があるわね。ブラマンは知っているの?」
「ええ、芸術が好きな人なら、名前と代表作は知らないと恥ずかしいかもね。特に印象派という名前が付けられたきっかけになった作品、モネの『印象・日の出』は知っていてもいいかもね。」
私は穏やかにそう言ったものの、心の中では
(明石とモロッコのタコの違いはわかっても、モネとマネがわからなくてピアノを弾いていたのか?)
と叫んでいた。