第二幕第三場(3)

 私は『赤ハリ通信』を作成する為にパソコンのキーを打ちながら、昔ブラームスのピアノの小品を赤ハリ先生にレッスンしてもらっていた頃を思い出していた。当時中学生だった私に赤ハリ先生は、「ブラームスの小品を弾くにはブラームスの人生を知らないと上手には弾けないよ。」と言ってブラームスの話をしてくれたのだった。
『この作曲家の名前はヨハネス・ブラームスで、彼は北ドイツの港町ハンブルグで生まれ育ったのです。小さい頃は酒場でピアノを弾いて貧しい家族の家計を助けていました。そのヨハネスが尊敬していた作曲家がロベルト・シューマンだったのです。その奥さんがピアニストとしても有名だったクララでした。ヨハネス21歳の時、ロベルト・シューマンが44歳で自殺を企てライン河に身を投げるのですがその時は助かります。でも精神病院に入院させられました。会うと精神状態が不安定になるからと面会謝絶だったクララの代わりに、ヨハネスがロベルトを見舞っていました。しかしロベルトは二年後に亡くなります。シューマン亡き後、残されたクララと四人の子供を陰なりに支えていたのはヨハネスでした。14歳年上のクララとどんな関係だったのかはもう誰にもわかりませんが、ヨハネスは一生独身を通して、クララが亡くなった次の年、64歳で亡くなります。だから君がこれらのピアノの小品を弾く為に考えないといけない事は・・・
(省略)』
 赤ハリ先生が決めている次のワンちゃんの名前は、私でも簡単にわかっただろう。私は単純にみんなを楽しませ、『赤ハリ通信』を盛り上げる為に出題しただけだった。ところがヨハネスの人生と同様に、みんなの思考も単純ではなかったのだ。