第二幕第二場(17)

 ノブタが赤ハリ先生に訊いた。
「先生、アルコールは何を置こうと思っていますか?」
「香菜里屋みたいに四種類のビールを置くつもりはありませんが、二社のメーカーのビールは置きたいし、日本酒も大手メーカーではなく、旨い純米酒を集めてみたいし、焼酎も芋、米、麦、黒糖の旨い物を置いてみたらいいかなあとも思っています。そうそう世界のワインも置いてみたいしカクテルも作ってみたいと思っています。」
「・・・先生、どんな店にするかは先生の自由ですが、いろいろな酒を置くという事は、仕入れにかなりの費用が掛かりますよ。地方だとユニークな店として話題になるかもしれませんが、東京だと専門的な店は既にたくさんあります。全国の有名無名な旨い酒を三〇〇本以上も揃えている店、東京ではそこでしか飲めない珍しい焼酎を置いている店、地下にワインセラーがあり世界のワインが充実し、それらを店内で飲むことのできる店、三〇〇本以上のレパートリーを持つカクテル・バーなんかは二、三〇軒は下らないでしょう。因みに先生はいくつカクテルのレパートリーがあるのですか?」
「いやあ、私は・・・そうですねえ・・・一〇・・・いや二〇位でしょうか。」
「ダメじゃん赤ハリ、そんなんじゃカクテル作れないじゃん。うちでも二〇は作れそうだもん。」
タメ池の辛辣な言葉に、ノブタが申し訳なさそうに先生を擁護した。
「いやダメな事はないし、俺が言いたい事はそうではないのです。専門的にするのならそのような店はいくらでもある訳で、いろいろな酒を置くのなら専門的でなく大衆的な酒を置いておけばいいのではないかと提案したかったのです。事実、小さな酒造メーカーの酒はディスカウント店には置いてありません。それが全国で有名になった酒造メーカーの酒も同様です。」
「どうしてよ。有名で売れるお酒だったら売ったらいいじゃん。うちだったら売れそうなお酒はじゃんじゃん仕入れて売るけどなあ。ああ、わかった!ディスカウントだと安く売られてしまうから卸したくないんだ。」
「そうではないのだ。小さな酒造メーカーは、有名になる前から取り扱ってくれた販売店をとても大切にするんだよ。だからそのような酒造メーカーは、ディスカウント店には卸さずに今でも小さな販売店のみに卸しているんだ。ですから先生は、そのような酒を扱うのだったら小さな酒店も大事にしておいた方がいいと思いますよ。」
「じゃあ決まりじゃん。大手メーカーのビールはディスカウント店で買って、お酒と焼酎は商店街の小さなお店で買ったら?」
「酒は、純米酒にするのならそれでいいと思う。焼酎はあまり幅を広げない方がいいと俺は思うな。日本酒は明確な基準と長年の日本文化の成熟度があって、かなり適正に価格が設定されているが、焼酎はそのブーム以来、若干の製法の違いと、酵母や生産の貴重性等プレミアムという名の不透明性が大きくて、適正価格だとは思えない物が多すぎるんだ。俺は先生が店を焼酎専門にしないのなら、芋と麦と米の焼酎は無難な有名メーカーの物を先ず揃えて様子を見たらいいのではないかと思います。そのような焼酎はディスカウント店でも買えますしね。」
 ノブタの意見にタア子は即座に賛成した。そこへ歌が聞こえてきた。タメ池だ。
 タメ池は一〇秒位の短い曲を三曲ばかり歌った。聴いてみるといずれもテレビ・コマーシャルでよく耳にする焼酎のCMだった。タメ池は絶対音感があるようで、それが何のコマーシャルなのか誰でもすぐにわかった。しかもその焼酎は、有名な芋と麦と米が一社ずつ選ばれていたのは単なる偶然だろうか?恐るべき未成年者だ。そしてそれが功を奏したのか、タメ池が推薦した(?)焼酎のメーカーにすんなり決まったのだった。