第二幕第二場(9)

 赤ハリ先生は真面目に答えた。
「そうなのです。調理師免許を取得するには調理師学校へ通うか二年間は調理現場で働かねばならなかったのです。自分にとって時間的に無理な事でした。
 イルカさんも冷静に本来の話題に戻った。
「だったらやっぱり原価を考えて、素材を厳選して料理を作るべきだわ。」
 それにノブチンが続いて言った。
「賛成よ。実は私の友達がご主人とイタリアン・レストランをしていたの。ご主人は本場のイタリア料理店で修業したシェフで勿論調理師免許もあったわ。私もよく食べに行ったけど、とても美味しかったのよ。だけどそのお店潰れてしまったの。原因は・・・」
口を挿んだのはタア子だった。
「経営の才覚がなかった。いや経営に関しては夫婦共々が素人だったんだ。」
「その通りよ。ご主人はシェフ気質で妥協なく創りたい料理を出していたの。原価を考えると本当なら200円3000円貰わないと成り立たない物でも、奥様すなわち私の友達は主婦感覚からどうしても高くは貰えなかった。だってご主人は本物のポルチーニ茸やイベリコ豚や白トリフ等を使うし、本格イタリア野菜もフレッシュな物を使っていたのですもの。ある日、経営の先行きに気付いて値段を上げたのだけど間に合わなかったのよ。でも私からみたら、最初から適正な値段だったらもっと早く潰れていたと思う。だって今の日本でパスタだけを3000円出してでも食べる人なんてどれだけいる?ましてや有名ではないシェフが作るパスタよ。」
「そうですよねえ・・・」オロチだ。
「この前テレビで予約でいっぱいの名店という特集をやっていて、有名なイタリア料理のシェフが出ていたんですよ。そのシェフのお店は一年先まで予約がいっぱいだけどランチはコースで2500円だったんです。すると女性レポーターが『安いのですねえ。』と言ったら、そのシェフは即座に『今時500円もあればパンやお弁当でお腹いっぱいになるのに、私の店では2500円もするのですよ。安くはありませんよ。それでも来て頂けるお客さんに有難いと思っています。』と言っていました。素晴らしいシェフだなあと尊敬してしまいました。そのお店に彼女と行くのが僕の夢です。」
「早くその夢が叶うといいわね。」
ノブチンが感情のこもっていない言葉をオロチに投げかけてから、迷走する話題を修正した。