第二幕第二場(7)

「これは二種のパスタです。カルボナーラとペペロンチーノです。カルボナーラは生クリームを使用し豚バラ肉の塩漬けであるパンチェッタを使っています。」
 一同、美味しいという歓声の中で、神杉静江さんが更に感嘆の声をあげた。
「先生、本当に美味しいですわ。こんなに生クリームを贅沢に頂けるなんて嬉しいですわ。それにこのパンチェッタも美味しいですわ。先生がお作りになられましたの?」
「いえいえ、これはイタリア産の輸入品です。ベーコンを使うよりいいものでしょう?炭小屋風に焦げ目を付けると香ばしさが増します。」
「だけど赤ハリ、ちゃんと原価を考えて作っているの?生クリームだって贅沢に使えば美味しいけど結構高価なのよ。それにパンチェッタだってベーコンを使うよりずっと高くつくわよ。」
勿論これはタア子の意見だ。
 試食目的に来たアラフォー主婦のイルカさんが言った。
「そうよねえ、ざっと見積もって一人分の生クリームが100mlで150円、パンチェッタが200円パスタが100円で他にはオリーブオイル等で原価の合計が500円。それを3倍で売ったとして1500円になるわ。売値としては妥当だけど、イタリア料理のシェフでもない先生の作ったパスタを、その値段で食べてもらえるのかしら?」
「おばちゃん、やる〜う、鋭い指摘だね。なにより赤ハリは料理の免許を持っているの?」タメ池が端の席からそう言うと、同列に座っていた弁護士のノブタが答えた。
「飲食店は調理師免許が無い人でも、区の保健所からの営業許可が出れば誰でも開業できるよ。」
「うっそ〜、だったらうちが今から料理を作って人に出してもいいって事?」
 ノブタはタメ池の発言を無視して話を続けた。
「飲食店は人ではなく店の構造に於いて基準が厳しいのだよ。店の規模や洗い場の数、消火器の設置から冷蔵庫の外側に温度計を付ける事等、厳しい基準がたくさんあって、それらを全てクリアしなければならないんだ。その点でも先生はここを借りられたのは賢い選択だったし幸運だったと思います。何故なら、ここが以前店を開いていたって事は、その厳しい基準をクリアしたという事ですから。」
「だったら、うちがこの店で料理を出してもいいという事なの?」
 真面目なノブタはいよいよタメ池の相手をしなくてはならなくなった。
「未成年者の労働についてはねえ・・・」
 たまりかねた私が口を挿む前にタア子が挿んだ。
「おいおいノブタ、この娘が言いたいのは単純に調理師免許が無い者が飲食店をして客に食べ物を提供してもいいのか?という事だよな、タメ池!」
「うちの名は池野響で〜す。でもさっすが〜、よくわかっているねえ、タア子ちゃん。」
「お前からタア子ちゃんって呼ばれる筋合いはないけどな・・・まあそういう事だ、ノブタ。」
(タア子から野豚と呼ばれる筋合いもないだろうなあ)そう思い、私は可笑しかった。