第二幕第二場(5)

「おかしいですか?何か変ですか?」
・・・・・店内が「う〜ん」というような雰囲気に包まれた。
「なんか凄〜くマニアックな名前で、だからってマニアな人達が集まる様な雰囲気の名前ではないような気がするなあ・・・いっそ、前のお店の名前『香菜里屋』にしたら?」
 (やっぱりタメ池の感性は鋭いが・・・掴みどころ のない娘だわ。)
「えっ、香菜里屋ですって?」「カナリヤ?」
ビックリしたような声を上げたのは隣の神杉さんだった。そしてもう一人はオロチだった。
「大きな声を出してごめんなさい。主人がよく行っていたお店だったもので・・・主人が言うには、民俗学の女性教授や骨董を扱っている女性や刑事さん等いつも多様な人達がいて、お客さん達の会話からマスターを巻き込んでお話が発展していくような、いつも話題に事欠かさない楽しいお店らしかったの。わたくしを連れて行ってくれると約束した矢先にそのお店が閉店してしまったのよ。」
 オロチが続いた。
「その女性教授はおそらく僕の通っているゼミの先生です。もっとも小さな民俗学のゼミで、ほとんど助手の若い男の先生が担当しているのですが、彼がよく蓮杖先生とカナリヤに行きたいと僕達に愚痴っていました。鳥の名前だったので覚えていました。」
「でも何故カナリヤを漢字の香・菜・里・屋にしたんだろう?」
タメ池がそう訊くと、それにノブタが答えた。
「誰にもわからない事ではあるが、常連さんの噂では、香菜という女性が古里のようにいつでもここに帰ってこられるように、との想いから名付けられたと聞いたよ。」
「な〜ぜ信田さんがそれをというか、このお店を知っているのよう?」
「実は俺も常連だったのだ〜。こんな身近な所にいい物件があったのに、俺が先生のお役に立てなかった事に肩身の狭い思いをしていたんだ。」
「そう言うけど今日ちゃっかりここへ来てるし、しゃべり方も偉そうじゃん!」
 (タメ池、お前がそれを言うか。)と私が思っていると、ノブタが明後日の方向を見ながら、
「懐かしいなあ、本当にいい店だったよ。先生がこの店を引き継がれると聞いて、俺は本当に嬉しかったですよ。今でも感慨極まる想いでここに座っています。」と言った。
「んで、ここのマスターが出て行ったって事は、香菜は帰ってこなかったというか、もうここへは帰ってこないと確信したんだ・・・マスターは失恋したんだ!」
 (タメ池、こいつだけは・・・こいつの鋭いような 鈍いような感性だけはついていけないわ・・・)
「詳しくはわからないが、そんな単純な話ではないと俺は思うよ。」
・・・・・・
 みんなしばらく沈黙していた。それぞれに勝手な想像、いや妄想に耽っていたのだろう。