第二幕第一場(4)

 結局私達は四軒の物件をまわったのだが、赤ハリ先生は終始浮かない顔をしていた。どうやら自分の思っていた物件ではなかったようだ。そもそも赤ハリ先生の思っているような物件がこの世に存在するのだろうか。
 バーカウンターのあるお店は近代的な雑居ビルの中にあり、狭いわりに結構高額な家賃だったし、居酒屋ができそうな物件では、歓楽街にあれば店構えが大きくて家賃が高い。比較的安い家賃の物件だと、人通りがなく寂れていたり(昔は賑わっていたのだろうが)本当に古い建物であった。唯一、赤ハリ先生が多くを語った物件は、三階建ての雑居ビルの一階にあり手頃な広さだった。ただ店内は何も無く所謂伽藍洞の状態だった。これからお店を始めるなら内装からカウンター設備、キッチン等水周りの全てを一から整備しなければならなかった。それに椅子から皿から箸、フォーク、スプーンまで準備すると総額500万円は軽く超えるだろう、とタア子が親切にも赤ハリ先生に助言して、「そんなお金があるの?」と赤ハリ家の家計にまで心配していた。その会話を聞いていたイベリコは表情一つ変えないで立っていた。
 ただ、この物件のメリットは一から作れるので、お金さえあれば自分の理想のお店にできる事だった。だから赤ハリ先生が本気でここを考え始めた時は、私までが赤ハリ家の家計を心配した。だって赤ハリ先生は「その位の意気込みがなかったら、こんな商売は出来ないのかもしれませんね。」などと言っている。だが私達の心配は無用に終わった。その後のイベリコの説明で一同すっかり意気消沈してしまったのだ。
「ここは自由にお店をお造りになられて構いません。ただ契約では、ここを引き払う時は元の状態、つまり椅子一脚、皿一枚残さないで出ていく事が条件になっています。例え、後任を決めて店舗を引き継いでもらうとしても、一度は何もない元の状態にしてオーナー様にお返しするのが条件です。」
 私はタア子に、「元に戻すのもお金が掛かるのでしょう?」と訊くと、
「当たり前でしょう。100万円は軽く超えるでしょうし、備品を自宅へ置いておくのも大変だし、処分すればその費用も結構掛かるわよ。」と、タア子が言った。それを聞いた赤ハリ先生の「そりゃ無理だ。」という喘ぐような呟きで今回の物件探しは幕を閉じた。ノブタの好意もイベリコの案内も結局報われなかった。