第二幕第一場(2)

 イベリコは営業的な笑顔で赤ハリに言った。
「それで、どのような物件をお望みですか?」
「そうですねえ、5席から8席のカウンターがあって、そんなに高級な雰囲気のお店じゃなくていいです。」
「信田様から、居酒屋だと伺っておりますが、5席から8席のお店だと、お客様お一人の単価を高く設定できるスナックやバーのようなお店になります。居酒屋だともう少し大きなお店でないと収益を上げるのが困難ではないかと思われますが、如何いたしましょうか?」
 イベリコの話をウンウンと頷きながら聞いていたタア子が訊いた。
「そのもう少し大きな物件っていうのは、どんな店でどんな所ですか?」
 イベリコは「少々お待ち下さい。」と言って奥へ引っ込んだ。どうやら物件の資料を揃えているらしかった。
 タア子は赤ハリ先生の背中越しに身を乗り出して私に話しかけてきた。
「まさか豚つながりだったとはねえ、ビックリしたよ。」
「こら、タア子ったら失礼な。」(心の中でそう思っている私の方がもっと失礼なのだろうが)ただ、時として無邪気な人間こそ性質が悪い事もある。赤ハリ先生は背中から聞こえてきた私達のひそひそ話に、聞き耳を立てていたらしく突然に、
「ああ、イベリコってスペインのイベリコ豚の事ですか?あれは本当に美味いですねえ。確かドングリを食べさせて育てているとか・・・いやあ本当にあの豚は美味いですよ。君達はイベリコ豚の生ハムを食べた事がありますか?このイベリコ豚の生ハムが格別に美味いのですよ。」と、大きな声で話したのだ。
そこへ真面目な顔をして資料を抱えてやって来たイベリコが、表情一つ変えないで言った。
「私、昔からよくイベリコって言われていましたの。そして付いたあだ名が『イベリコ豚』で、小学生の頃はイベリコ豚というあだ名から、いつの間にかイベリコの字が消えて、ただの『豚』というあだ名になりましたの。笑えない話ですけど、随分と昔の話ですわ。それでこれが資料です。
 当たり前の話だが、イベリコの顔から営業の笑顔が消えていた。私とタア子は赤面して俯いていた。