第一幕第四場(4)

 その居酒屋はチェーン店ではなく、この辺りでは有名店として多くのお客さんで賑わっていた。
 赤ハリ先生がお店のメニューを見ながら言った。
「おっ、結構いい値段ですねえ。このアサリの酒蒸しは900円もするのですね。さっきの店は600円でしたよ。」
「お〜、赤ハリ、勉強してるねえ〜、じゃあそれ頼んじゃおう。」
「タア子、同じのを頼まなくてもいいじゃない。違うのを頼もうよ。」
私がそう言うとタア子が真面目に反対した。
「ダメダメ、同じものを頼むから違いがわかっていいんじゃない。今日は食べに来たんじゃなくて勉強しに来たのよ。ついでに茶碗蒸しも一つ頼んじゃおう。」
 頼んだアサリの酒蒸しがテーブルに運ばれてきて、一目で私達は納得した。アサリの大きさが全然違うのだ。当然このお店のアサリは大きくて食べ応えがあった。茶碗蒸しも全然違った。上品ないい出汁が利いていてエビや白身の魚が新鮮で美味だった。赤ハリ先生は違う事で感心していた。
「この店は全体的に食べ物が高いのだけど、酒類は前の店と同じ位か、物によっては安いんですよ。この純米酒なんか、ここの店の方が随分と安いんですよ。面白いもんですね。」
「そうなんだよ赤ハリ、飲み物が結構な曲者なんだ。生ビールなんてすごく利益率が高いんだよ。赤ハリが飲んでいる純米酒は一升3000円として一合は300円。それをいくらで売りますか?っていう事なんだよ。そう考えると、なんでこの店が人気があるのかがわかってきたよね?」
「・・・・・」私も赤ハリもわかっていなかった。だから返す言葉が見付からなかったのだ。
「おいおい、前の店は安い食べ物でお客を惹きつけて飲み物で利益をあげてるの。しかも食べ物でも安い輸入品を使ってコストを掛けないようにして結構儲けているって事よ。だから広告費を奮発してテレビでバンバン宣伝しているんじゃない。それに対して、この店は高くても美味しい物を出しているの。食べ物が美味しいからお客は満足するし、お酒が安いので更にお客は喜ぶのよ。この店は高くても高くても食べ物の美味しさで勝負しているのだわ。このカシスオレンジもいい香りがする。きっと本物のカシス・リキュールと良質のオレンジジュースを使っているんだわ。ブラマン、一緒におかわりしましょう。すみませ〜ん、お酒同じのもう2杯とカシスオレンジもう一杯お願いしま〜す。あと追加で甘鯛の香草焼きをお願いします。」