第一幕第二場(7)

 そこへまた信田だ。タア子と私の間では彼にあだ名は必要なかった。私達は彼を普通にノブタさんと呼んでいる。だがそれは信田さんではない。私達の中では野豚さんというあだ名が既に成立していたのだ。そのノブタが突拍子もない話を始めた。
「みんなは『赤いハリネズミ』という童話があるのをご存じ?あなたを抱きしめた者があなたの本当の友達よ、とお母さんに言われたハリネズミの子供は友達探しをするんだ。でもハリが痛そうなので友達ができなかったんだ。ある日ドブネズミの子供がハリネズミの子供を抱きしめたんだ。ハリが身体に刺さって血が出てもドブネズミの子供はハリネズミの子共を離さなかったんだドブネズミの子供はとうとうそのまま死んでしまい、ハリネズミの子供はドブネズミの子供の血で真っ赤になったという話、それが『赤いハリネズミ』だよ。」
 空気の読めないノブタのお蔭で、一同が静まりかえってしまった。そこへオロチの一言が。
「そういえば、『ハリネズミの葛藤』というのが心理学にありましたよね。確か、お互いが抱きしめたい程大好きなのに、抱きしめたらお互いに傷つくのをわかっている。だから大好きなのに何もできない葛藤、あるいは大好きだからこそ何もしない葛藤、それが『ハリネズミの葛藤』です。」
 そうもう一人空気の読めない輩がいたのだった。