第一幕第二幕(4)

 その時だった。一番年長である神杉静江さんが口を開いた。彼女が「60の手習いでピアノを始めました」と上品に自己紹介をしていたのが5年前の発表会の時だった。
「わたくしは先生よりも年長でしょう。だから気を遣ってくださったと思うのよね。
 先日、先生はわたくしの所へお電話をくださったの。勿論わたくしも驚きましたわ。先生はわたくしにこう言われました。
『神杉さん、私が廃業を決断した理由は、いろいろな要因が重なったから、としか言いようがないのです。ただ、きっかけになった直接の要因はお弟子さんの急激な減少です。ただでさえ不安定なこの仕事で、お弟子さんの減少は私にとって命取りになりました。』
それから、こうも言っておられました。
『神杉さん、あなただから素直に言えるのですが・・
私は今頃になって演奏時にアガルようになったのです。勿論、演奏する時は緊張するものですが、変にアガル事はありませんでした。それがこの頃アガルようになったのですよ。』」
「え〜、私演奏する時は緊張するしアガルし、いつもボロボロよ。オロチもそうでしょう?」
このデリカシーのない横槍な発言は勿論タア子だ。しかも何故オロチに振るかなあ・・・
案の定、オロチは「そうですねえ・・」と言った後、困った顔をして黙って俯いてしまった。