第一幕第二場(3)

 さて、赤ハリプロジェクト第1回目の会議だが皆それぞれに天気の事や最近の気になったニュースや身近な世間話など、所謂当たり障りのない話をしている。タア子はオロチと大学のオーケストラの話をしていた。
 私はいよいよ話の核心にみんなを向けさせようと口を開きかけたその時、先に核心の口火を点したのはアラ・フォーの主婦、権藤さんだった。タア子が彼女のあだ名をイルカさんと付けていた。そうなのだ。タコの頭はイルカよりずっと単純だったのだ。
「ところで先生の事だけど、何故ピアノ教室をやめてしまったのか誰か知らない?私の友達の娘が先生の所へ通っているの。どうしてやめるのか?って何度も私に訊いてくるのよ。これからどうしたらいいのかわからなくて不安らしいわ。」
「そうよねえ、私だって困るわ。だって私ずっと先生一筋だったから・・・」
 アラ・フォーOLの彼女も同調した。彼女は私が赤ハリの所へ通い出した時から教室にいた唯一のお弟子さんだった。その時彼女はまだ大学生だったと記憶している。おそらく彼女もまた幼い頃から赤ハリ先生の所へ通っていたのだろう。それは彼女の卓越したピアノの実力から窺えた。その彼女に馴れ馴れしく訊いてきたのはタア子だ。
「そうですよねえ、ノブチンはこれからどうするつもりですか?」
 ノブチンの名前は前田信代さん、私は彼女からドイツ語風な可愛い呼び方『ノブヒェン』って呼んでね、と言われた時からそのように彼女を呼んでいた。ところがこのタコ、ヒェンは発音しにくいからと勝手に『ノブチン』に変えてしまったのだ。
 彼女はノブチンと言われる事を気にする様子もなく「今は何も考えられないわ。」と答えた。ノブチンはとっても大人なのだ。