第一幕第二部(2)

 私は彼の事を『ラから山多君』と呼んでいた。それは山多君が赤ハリ先生のピアノ発表会で、ハ長調の平易な曲であるにもかかわらず、つまりドミソのいずれの音から始まるべき曲を、なんとラから始めたものだからさあ大変!彼は一人混乱したまま古典派の美しい曲を現代曲に変えてしまったのだった。それ以来私は『ラから山多君』と呼んでいたのだ。勿論、本人を前にしてもそう呼んでいたのだが、彼は「だから山多君」と言われていると思っていたようだ。それが何年前の話だったかよく覚えていないが、彼の演奏はその後の発表会でも同じようなものだった。つまり、古典派を弾いてもロマン派を弾いてもバッハを弾いても、彼は全ての曲を新進気鋭?の現代作曲家のピアノ曲に変えてしまった。
 その『ラから山多君』のあだ名を『オロチ』に変えたのはタア子だった。3年前の発表会でタア子は彼から自己紹介されると、いとも簡単にこう言ってのけた。
「山田君ではなくて、や・ま・た・君なんだあ。なんだか『ヤマタのオロチ』みたいな名前だね。」これで彼のあだ名が決定した。タコの頭は単純なのだ。