第一幕第一場(8)

 その時のピアノ発表会で、私はタア子と話をするような仲になった。先に声を掛けてきたのは、勿論タア子だった。偶然にも私達は同じ大学に通っていた。私は単なる偶然にすぎないと思っているが、タア子は違うようだ。『運命的な出会い』などと訳のわからない事を今でも言っている。とにかくタア子とは、同じ赤ハリ先生の門下生であり、同じ大学に通っている、というくくりだけで彼女と話をするようになった。ただ、看過できない事が一つある。同じ大学だと言ってもタア子は経済学部で(だからといって、月と太陽の区別ができなくていい筈はない。)私は言語学部ドイツ語科であった。だが、あのタコ、今だ私を文学部のドイツ文学科、略して独文科と間違える。何度独語科だと訂正してやった事か。独文科はドイツ語が苦手でも日本語に翻訳されたドイツ文学書を読んでおけば何とか卒業できる。だが独語科はそうはいかない。ドイツへ行っても困らないレベルの語学力を必要とするのだ。だから私にとっては独語科と独文科は、月と太陽の違い以上に大きな事なのだ。それなのにあのタコは今でも・・・まあいい。私がその独語科に進学したのは、やはり赤ハリ先生の影響なのだろう。つまり赤ハリ先生も私と同じ大学の同じ学部の同じ科の出身だったのだ。
(次回から、第一幕第二場です。) 
(これはあくまでもフィクションです。)