ウィーンの共同墓地で(4)

 アンナが貧民墓地を後にして歩きだすと、すぐに一人の少年が声を掛けてきた。歳は9歳くらいで教会員らしきガウンを着ていた。
「お姉さん、ヴァイオリンをする人だね。さっき、お墓で祈っていたでしょう。あの人と何か関係があるの?」
「私の先生なんだ。素晴らしい先生だったのよ。」
「知っているよ。ヴィヴァルディ先生の曲は大好きなんだ。僕も作曲をしたいと思っているんだ。あのね、僕たちがヴィヴァルディ先生の葬儀でミサを歌ったんだよ。」
「そうだったの。あなたが先生の為に鎮魂のミサを歌ってくれたんだ。」
「そうだよ、シュテファン教会の少年聖歌隊6人で歌ったんだ。だから僕はヴィヴァルディ先生のお墓を知っていたのさ。先生は僕の尊敬していた作曲家だったから、埋葬された次の日、僕は先生のお墓に名前を刻みに行ったんだ。僕が作曲家になれるように見守ってください、って毎週お墓に来てお祈りしているんだよ。」
 アンナは少年の話を聞きながら感無量な思いだった。この少年が、私を先生のお墓へと引き合わせてくれたのだ。アンナは言った。
「本当にありがとうね。私、一生あなたの事を忘れないわ。」
「じゃあ、僕は行くね。聖歌隊の練習があるんだ。けっこう厳しいんだよ。」
「ねえ、あなたはなぜ私がヴァイオリンをしているってわかったの?」
「だって、首に薄っすらとヴァイオリン痣ができているからさ。」
「ああ、なるほどね。よかったらあなたの名前を教えてくれない?」
「ヨゼフ、ヨゼフだよ。」
少年はそう言うと、走って行った。
 アンナは少年の背中を見ながら少年の名前を繰り返した。
「ヨゼフ・・・」
(第5章 アンナと兄フランツ 終わり)
10月10日より終章(コーダ)を連載します。