ウィーンの共同墓地で(2)

 貧民病院の共同墓地は雑然としていた。多くの小さな墓が無秩序に配置されていた。名前の彫られていない墓が圧倒的だった。そこをアンナはデンと縫うように歩いた。一つずつの墓を確認しながら歩く事は不可能だし、まさに無駄骨だった。群れた仔羊のような墓地を前にしてアンナが茫然としていると、デンが鼻を地面に付けながら、クンクンとなにやら匂いを嗅ぎながら歩きだした。
 アンナは思い出した。
「そうか、デンはウルシオールの匂いが大好きだったわね。お兄さまは、先生を二つの容器と一緒に埋葬した、と言っていたわ。という事は、デンがその匂いに気づけば先生のお墓がわかるって事だわ。」
と声をあげたものの、あまり期待はできないという心境だった。それは一緒に埋葬された容器の中の匂いがデンにわかるとは思えなかったし、なによりもデンが、今なぜ匂いを嗅ぎながら歩いているのかもわからないのだ。
 デンは首を左右忙しそうに振りながらクンクンとほとんど立ち止まらずに歩いた。アンナが、もう諦めようと思ったその時だった。デンの足が止まった。そしてある墓の前の土を前足で勢いよく掘り出したのだ。
さすがにアンナも墓を暴いてまで確認する訳にはいかなかった。だから頑張って掘っているデンを制止した。デンは不満そうだったが、
「デンは本当にお利口さんね。よくやったわ。」
と褒めて、アンナはデンの太い首を強く抱きしめて彼を満足させた。
 アンナはその墓をヴィヴァルディのものだと思って祈る事にしたのだった。だから隣でウォ〜ン、ウォ〜ンと吠えているのは、やっぱりデンが不満に思って何かを訴えているのだろう。